
医師募集の求人票において、「給与額」や「各種手当」などお金に直結する条件は特に気になるポイントです。
しかし、実際に給与を受け取るタイミングで気になるのは差し引かれる「税金」や「保険料」という方も多いのではないでしょうか。
国民皆保険の日本では、すべての国民が何らかの健康保険に加入していますが、医師が加入できる「医師国民健康保険組合(医師国保)」という健康保険があるのをご存知でしょうか。
本記事では、医師国保の制度内容や加入条件、他の保険制度との違い、加入するメリット・デメリットなどについて分かりやすく解説します。
目次
医師国保(医師国民健康保険組合)とは?
わたしたちが加入する健康保険は、自営業なのか企業で勤務しているのか、さらには勤務先によって加入する保険組合が異なり、企業独自や同業種で健康保険組合をつくっているケースも多くあります。
このような健康保険組合の1つである「医師国民健康保険組合(以下、医師国保)」は、地域の医師会に所属する医師や従業員、家族が加入する健康保険です。
医師国保は、各都道府県の医師会が運営している
医師国保は、国民健康保険法に基づき各都道府県の医師会が運営しています。
全国で一つの組織を成しているのではなく、「東京都医師国民健康保険組合」、「北海道医師国民健康保険組合」など都道府県ごとに異なる名称でそれぞれが運営されている点が大きな特徴です。
加入する医師国保によって、保険料が異なる
医師国保の保険料は、収入額に関係しない均等割という方式が採用されています。
運営母体となる医師会が種別・年齢ごとに定めた一定額の保険料を納める形となっています。
なお、この保険料は全国で統一ではなく、運営母体となる各都道府県の医師会によって異なる保険料が設定されています。
例えば、東京都医師国民健康保険組合では 以下のように保険料が設定されています。
・75歳以下の第1種組合員(医師)の医療保険料…27,500円
・第2種組合員(従業員)…13,500円
・家族…7,500円
加えて後期高齢者支援金等保険料として5,000円をそれぞれ納付する必要があり、40歳~64歳の場合は介護保険料として5,500円を合算して納入します(2022年12月20日現在)。
参照)東京都医師国民健康保険組合「保険料について」
一方、大阪府医師国民健康保険組合では、以下のように保険料が設定されています。
・75歳以下の基礎賦課額は組合員(医師)…27,800円
・准組合員(従業員)…12,600円
・家族…10,100円
加えて後期高齢者支援金賦課額として4,900円をそれぞれ納付する必要があり、40歳~64歳の場合は介護納付金賦課額として5,400円を合算して納入します(2022年12月20日現在)。
参照)東京都医師国民健康保険組合「保険料について」
加入する医師国保によって、保険給付が異なる
加入する医師国保によって、保険給付も異なる場合があります。
例えば、被保険者が出産(妊娠4か月(85日)以上の流産・死産を含む)をした場合に支給される「出産育児一時金」は、医師国保によって以下のように金額が異なります(2022年12月20日現在)。
日本における公的医療保険と医師国保

日本の公的医療保険には、「社会保険」と「国民健康保険」がありますが、「医師国保」はどのような位置づけの健康保険なのでしょうか。
まずは社会保険、国民健康保険の概要から紐解いていきましょう。
企業に勤める方や公務員などが加入する「社会保険」
社会保険は、一般的に企業に勤めている方が勤務先を通じて加入する健康保険で、会社員や公務員などが加入します。
運営主体である保険者によって、主に以下のような種類があります。
・組合健保
企業が単独、あるいは共同して設立して保険者となって運営する健康保険です。
単独の場合は常時700人以上、共同設立の場合は合算して常時3000人以上の従業員がいる場合に設立ができます。
・協会けんぽ
組合健保を設立しない企業の会社員を対象とした健康保険で、全国健康保険協会が保険者として運営しています。
病院やクリニックなどで勤務する勤務医は、この協会けんぽに加入しているケースが大半でしょう。
・各種共済組合
国家公務員が対象の「国家公務員共済組合」、地方公務員が対象の「地方公務員共済組合」、および私立学校の職員が対象の「私立学校教職員共済」があります。
▼社会保険についてさらに詳しく
主に自営業者などが加入する「国民健康保険」
国民健康保険は、自営業の方や会社を退職し健康保険を任意継続せずに脱退した方などが加入する健康保険で、各市町村(平成30年より都道府県)が運営しています。
同職種の従事者で組織される国保組合の1つに「医師国保」がある
国民健康保険の中でも、同じ種類の職業についている人を組合員とした国民健康保険組合(以下、「国保組合」)というものがあります。
薬剤師や弁護士、税理士、理・美容師、建設業界、食品業界などさまざまな業種の従事者が組合員となる国保組合があり、その1つとして医師として従事する方から組織されている「医師国保」があります。
国保組合は、全国で一つの組織を成しているのではなく、地域ごとの組織が運営していることも大きな特徴です。
医師国保の場合には、各都道府県の医師会が運営する「東京医師国保組合」「北海道医師国保組合」などがあります。
どのような医師が入れる?医師国保の加入条件

続いて、医師国保に加入するための条件を確認していきましょう。
医師会に所属し、小規模クリニックで働く医師が医師国保に加入できる
医師国保に加入できるのは、地区の医師会または大学医師会に所属する医師とその家族や従業員です。
ただし、該当医師が開業している地域、もしくは通勤圏内の指定された近隣都道府県での勤務のみに限られます。
例えば 東京都医師国民健康保険組合においては、東京都医師会会員かつ規約に記載の住所地に住民票がある開業医や勤務医等が「第1種組合員」となります(2022年12月20日現在)。
参照)東京都医師国民健康保険組合「組合員の資格について」
法人や従業員が5人以上いる場合は、医師国保には加入できない
なお開業医でも、事業所を法人化している場合や従業員が5人以上いる場合には、社会保険への加入が義務付けられています。
一方の従業員数が5人以下の事業所については、社会保険の加入義務がないため、事業者の保険料負担がない医師国保を選択しているクリニックも多くあります。
「このクリニックが加入しているのは、医師国保?それとも社会保険?」と気になる場合にはコンサルタントがお調べしますので、お気軽にお問い合わせください。

どちらがお得?医師国保と協会けんぽの違い

私たちが加入する健康保険には勤務先などによってさまざまな種類がありますが、医師国保とはどのような違いがあるのでしょうか。
病院やクリニックの勤務医が加入することの多い協会けんぽと医師国保を比較して、主に異なる点を確認していきます。
医師国保と協会けんぽの違い①保険料
まず医師国保と協会けんぽで大きく異なるのは、保険料の設定です。
協会けんぽは、加入者の収入額に応じて保険料額が変動しますが、医師国保は、加入者の収入額にかかわらず 種別や年齢に応じて一律の保険料が設定されます。
そのため、年収が上がっても保険料の負担が増えることはありません。
医師国保と協会けんぽの違い②「扶養」という概念の有無
医師国保には、被扶養者という概念がありません。
そのため家族も被保険者として保険料を支払う必要があり、同一世帯員が増えるごとに保険料が高くなっていきます。
一方の協会けんぽでは、加入者の家族や配偶者(事実上婚姻関係と同様の人を含む)などが所定の条件を満たすと、被扶養者となります。
被扶養者は保険料がかからないため、同一世帯の人数にかかわらず保険料は変わりません。
医師国保と協会けんぽの違い③自家診療の保険請求可否
勤務先の医療機関で加入者やその家族が診察・治療を受けることを、自家診療といいます。
この自家診療の保険請求ができるかどうかは、加入する健康保険によって異なります。
協会けんぽの場合は自家診療も保険請求が可能ですが、医師国保の場合には請求することができません。
ただし医師国保の場合にも薬剤のみは保険請求できる、離島などのへき地に赴任する場合は例外として認められるなど運営する医師会によってルールが異なるため、利用する際には事前の確認が必要です。
医師国保と協会けんぽの違い④給付内容
医師国保と国民健康保険は、国民健康保険法に基づいた制度です。
したがって保険給付はほぼ同じとなっており、医療費の一部負担制度や各種健診をはじめ、高額療養費の一部払い戻し、出産一時金の支給なども受けらます。
ここで気を付けておきたいのは、協会けんぽなどの社会保険における保険給付が医師国保には存在せず、同等に給付されるものもないというケースです。
具体的には、病気やケガの療養のために休業したときに支払われる「傷病手当金」、産前・産後に休業したときに支払われる「出産手当金」と「出産育児一時金」は、協会けんぽでは利用できる給付ですが、医師国保の保険給付には含まれていないものとなります。
さらに、同じ医師国保でも地域によって給付内容が異なるケースもありますので、加入を検討する場合には給付内容も詳しく確認しておきましょう。
医師国保と協会けんぽの違い⑤国民年金への加入手続きの必要有無
これまで厚生年金に加入していた医師が、従業員5人以下のクリニックへ転職して医師国保に加入する場合は、前職の退職と同時に厚生年金の資格は喪失されている状態となっています。
そのため、自身で国民年金への切り替えをする手続きを行う必要があります。
一方の協会けんぽでは、原則的に厚生年金にも合わせて加入することとされています。
よって転職先が協会けんぽに加入している場合には、転職先の担当者が保険の手続きと合わせて年金の手続きも行ってくれるケースが多くなっています。
医師国保に入る3つのメリットと3つのデメリット

最後に、医師国保に加入することのメリットとデメリットをご紹介します。
医師国保に加入するメリット①給与が上がっても、保険料は一定額
医師国保は、収入にかかわらず保険料が一定です。
そのため転職や勤続年数や勤務形態の変化などによって収入が変動しても、支払う保険料は変わりません。
これから収入アップを目指す場合には、医師国保を利用することで収入に占める保険料の割合を下げることができるかもしれません。
医師国保に加入するメリット②単身者は保険料が安く済む
医師国保の場合、同一世帯の家族にも保険料がかかります。
しかし加入者が単身の場合は、収入額に拠らない一定額の保険料を一人分支払う形となり、協会けんぽの場合よりも保険料が割安となる可能性があります。
医師国保に加入するメリット③独自の付加給付を受けられる場合がある
加入する医師国保によっては、通常の健康保険等よりも充実した内容の給付を受けられる場合があります。
例えば東京都医師国民健康保険組合では、出産一時金について法定給付の42万円に加えて独自の付加給付として3万円を支給しています。
参照)東京都医師国民健康保険組合「出産一時金」
同じ医師国保であっても運営主体の医師会によって保険給付の内容が異なりますので、ぜひ事前に確認してみましょう。
医師国保に加入するデメリット①世帯人数が増えるごとに保険料が増える
医師国保には扶養という概念がなく、同一世帯の家族にも保険料がかかります。
そのため、世帯員が多ければ多いほど、支払う保険料が高くなってしまいます。
医師国保に加入するデメリット②出産手当金や傷病手当金、産休・育休中の社会保険料の免除がない
協会けんぽにはある「出産手当金」や「傷病手当金」、産前・産後休業期間・育児休業期間中に、厚生年金や健康保険料の社会保険料が免除される制度が医師国保ではありません。
そのため、出産や突然の病気・ケガに対する備えを自身で検討しておく必要があるでしょう。
医師国保に加入するデメリット③自家診療は全額自己負担になる
協会けんぽでは、勤務先の病院で診察や治療を受ける自家診療についても保険請求ができますが、医師国保の場合は保険請求外となります。
そのため、自家診療にかかる費用は、全額自己負担となってしまいます。
以上、医師国保と協会けんぽの違い、メリット・デメリットについてご紹介してきました。
国民皆保険である日本には様々な健康保険が存在しており、それぞれの特徴があります。
医師国保への加入を検討する際には、保険料や世帯全員の医療保険の状況、給付内容についてしっかり確認のうえ、比較検討することをおすすめします。

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