電子処方箋とは、オンライン資格確認の仕組みを基盤として、電子的に処方箋の運用を行う仕組みです。
2023年1月に運用が開始され、厚生労働省によると2024年8月11日時点で電子処方箋を導入している医療機関や薬局は全国で28,926件(病院149件, 診療所3,276件, 歯科診療所129件, 薬局25,372件)となっています。
本記事では、電子処方箋の概要と、アンケートで寄せられた医師の声をご紹介しながら電子処方箋導入のメリットとデメリットを解説します。
電子処方箋とは?
電子処方箋とは、電子的に処方箋を運用する仕組み
電子処方箋とは、オンライン資格確認(※)の仕組みを基盤として電子的に処方箋の運用を行う仕組みのことを指します。
(※)オンライン資格確認…保険証と一体化したマイナンバーカード(マイナ保険証)や健康保険証をもとにオンラインで被保険者資格を確認するもの。
処方データは電子化され、社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険中央会が管理するクラウド「電子処方箋管理サービス」に格納されます。
このクラウドに各医療機関や薬局からアクセスすることで、医師や薬剤師は処方・調剤情報を共有することが可能になります。
これまで主流であった紙の処方箋ではなく処方に関するデータをクラウドで管理できることから、救急時や大規模災害時、そしてオンライン診療や在宅医療における処方の利便性向上が期待されています。
この電子処方箋は2023年1月26日から運用開始となり、対応医療機関や薬局が徐々に拡大しています。
医師の58.4%は、電子処方箋の概要を「知らない」
では実際に電子処方箋を発行することになる当事者となる医師からは、どの程度認知されているのでしょうか。
「Dr.転職なび」の会員医師に電子処方箋の概要を知っているか尋ねたところ、「知らない」と回答した医師がおよそ6割を占めました。
Q:「電子処方箋」とはどのようなものか、概要をご存知ですか?
また2023年1月26日から運用が始まっていることについても「知らない」と回答した医師が55.8%と半数を超えており、医師の電子処方箋に関する認知度はまだ高くない状況が伺われる結果となっています。
医師の「電子処方箋」利用でできるようになることは?
医師が電子処方箋を利用することで、具体的にはどのようなことが実現できるのでしょうか。
主なメリットを2つご紹介します。
電子処方箋利用のメリット①直近のデータを含む過去3年分の処方・調剤情報を把握できる
現状でも「オンライン資格確認」が導入されている医療機関では、レセプト(診療報酬明細書)の情報に基づく処方・調剤情報を参照できます。
ただしレセプトから抽出した情報を閲覧できるようになるまでには、最大1か月程度のタイムラグが生じます。
そのため、直近の処方内容については医師から患者様へ直接聞き取る必要がありました。
一方の電子処方箋では情報がほぼリアルタイムに反映され、直近から過去3年分まで遡った処方箋の情報を閲覧することが可能です。
患者様の記憶等に頼ることなく正確な情報を入手でき、診察時の患者様への聞き取りの効率化や短縮化にも繋がります。
電子処方箋利用のメリット②重複投薬・併用禁忌のチェックができる
電子処方箋を導入すると、診察時に医師が電子カルテで処方オーダーを入力する画面上で重複投薬・併用禁忌のチェックが行われます。
処方する薬剤名を入力した上でチェックボタンを押すと、今回処方の薬剤と過去に処方された薬剤との間で服用期間の重複や、併用禁忌の組み合わせがあった場合にはアラートが出る仕組みです。
実際に電子処方箋の先行導入を進めていたモデル事業においては、2022年10月から12月末までの期間で15万5812件の重複投薬・併用禁忌チェックが実施され、このうち重複投薬・併用禁忌が疑われる事例(医療機関)は812件も検知されたといいます。
参照)厚生労働省「令和4年薬機法等改正の施行状況について」
この重複投薬・併用禁忌のチェックを活用することで、地域の医療機関全体で患者様の処方内容を把握できる点は、電子処方箋利用の大きなメリットといえるでしょう。
薬局から医師への疑義照会が減る可能性もある
なお意図的に重複や併用禁忌がある状態で処方をする場合には、結果を確認済みである旨を示すチェックマークを付けて処方することも可能です。
また、電子処方箋に設けられている「コメント欄(備考欄)」を利用して、医師から薬剤師へ処方意図を伝えることもできます。
このように従来の紙の処方箋と比べて薬剤師と医師のコミュニケーションが活性化することが予想されるため、薬剤師から医師に行う疑義照会の回数減少も期待できるでしょう。
なお厚生労働省のホームページでは、電子処方箋の活用によりプレアボイド(薬による有害事象を防止・回避すること)につながった具体的な事例や、日々の運用に役立つよう情報が紹介されています。
厚生労働省「電子処方箋活用事例」
「電子処方箋」を利用するために対応すべきことは?
上述のように診療や処方を行う際にメリットも多そうな電子処方箋ですが、実際に利用をするために医師や医療機関ではどのような準備を進めれば良いのでしょうか。
医療機関は、「オンライン資格確認を導入」する必要がある
電子処方箋で利用するクラウド「電子処方箋管理サービス」は、オンライン資格確認のシステムを基盤としています。
よって電子処方箋の利用は、医療機関がオンライン資格確認を導入していることが前提となります。
オンライン資格確認の普及状況は?
このオンライン資格確認は、2023年4月以降は原則義務となります。
しかし全国の医療機関からの依頼にシステム事業者の逼迫が続いているといった課題もあり、現時点での普及率はまだ高いとはいえない状況です。
厚生労働省公表のデータによるオンライン資格確認の運用状況は、病院で60.1%、医科診療所で37.7%(2023年2月19日付)にとどまっています。
なお「Dr.転職なび」の会員医師に実施したアンケートでは、オンライン資格確認の概要を「知らない」という回答が52.1%と半数を超えており、2023年4月以降の義務化についても「知らなかった」という回答が62.3%を占めています。
以下は、オンライン資格確認に対する医師のコメントや意見です。
◆知らなかった・詳細や手続きが分からない
・いま初めて「オンライン資格確認」という言葉を聞きました。(30代 /勤務医(一般病院))
・手続きがわかりにくい。(50代/開業医)
◆医療現場にとって有益な仕組みなのか、疑問がある
・現場の手間を減らす利便性が十分に検討されているか、疑問。(30代/勤務医(非常勤のみ))
・単なる情報確認のツールとせず、諸外国のように大規模データベースとして研究に使えるようにして欲しい。
そこから効率的な医療などの研究成果が得られれば、社会医療費の妙な削減や負担増を求めない方策が得られるかもしれない。(40代/勤務医(大学病院))
◆運用のための費用が心配
・確認機器のメンテナンスで発生する費用が心配。(40代/開業医)
◆オンライン資格確認に対する患者様の認知度・理解度に不安がある
・患者様がオンライン資格確認を認識していないため、この制度は無駄になる。(60代/勤務医(診療所・クリニック))
・訪問診療の現場です。とても無理そうな患者様もいらっしゃるので、不安です。(40代/勤務医(診療所・クリニック))
◆まだマイナ保険証自体が普及していない
・地域の年齢層からまずマイナンバーカードを持っている患者がほとんどいないのに、どこまで意味があるのか…。(30代/勤務医(診療所・クリニック))
なおデジタル庁が公開している「政策データダッシュボード」で公開しているデータによると、2023年2月19日時点のマイナンバーカードの人口に対する申請件数率は69.8%、健康保険証としての利用登録率は62.0%となっています。
医師は、「HPKIカードを取得」する必要がある
電子処方箋の利用にあたり医師が対応すべきことは、HPKIカードの取得です。
※HPKI…保健医療福祉分野の公開鍵基盤(Healthcare Public Key Infrastructure)の略
HPKIカードによる電子署名は、電子処方箋で使用できる唯一の署名方式
電子処方箋の発行時には、従来の処方箋に対する記名押印・署名の代わりに、電子証明書の情報を用いて署名を行います(電子署名)。
この電子署名をする時にHPKIカードを使用することで、医師資格を有する者が処方箋を発行したということを電子的に確認できるようになります。
なお、2023年3月時点における電子処方箋の電子署名で利用可能な方式は、このHPKIカードを用いた署名方式のみとなっています。
HPKIカードを発行するための方法は?
このHPKIカードは、処方箋を発行する医師ごとに1枚必要です。
カード発行の申請先は医師・歯科医師・薬剤師で異なりますが、医師の場合は以下のいずれかとなります。
※日本医師会員の場合は無料で発行ができ、非会員の場合は5年ごとに5,500円の発行手数料がかかります。
回答医師のHPKIカード取得率は、わずか5.5%
「Dr.転職なび」の会員医師にHPKIカードの取得状況を尋ねたところ、「すでに取得した」は5.5%、「申請は完了している」も4.5%にとどまっています。
一方で、「これから申請する予定」という医師も17.5%います。
申請が集中するとカード受け取りまでに時間がかかってしまうケースもあるため、国では早めの手続きをと呼び掛けています。
HPKIカードの取得を希望する場合は、早めに申請手続きを行うことをお勧めします。
導入施設で働く医師に聞く!電子処方箋のメリットとデメリット
最後に、実際に電子処方箋を導入した施設で勤務する医師にお聞きした「メリット」や「デメリット」をお伝えします。
電子処方箋導入済み施設で働く医師の半数は「メリット」を感じている
Q:「電子処方箋」の導入は、ご自身の診療や業務にどのような影響があるとお考えですか?
電子処方箋の導入による影響を尋ねたところ、最も多かったのは「メリットがある」(50.6%)という前向きな意見でした。
次いで「どちらともいえない」(44.6%)、「デメリットがある」(4.8%)の順に多くなっています。
電子処方箋導入済みの医療機関で働く医師が考える「デメリット」とは?
さらに、上記の質問で「デメリットがある」と回答した医師へ具体的にデメリットと感じていること・懸念していることを尋ねました。
Q:「電子処方箋」の導入によるデメリットとして感じていること・懸念していることとして、当てはまるものを教えてください。
・電子処方箋の導入によって、医師の仕事量とストレスが増える。(60代/勤務医(診療所・クリニック))
患者様における認知度の低さから生じる業務が増えてしまうこと、本来であれば機能するはずの過去処方の参照機能が電子処方箋の普及率の低さによって十分に活用できない状況、そして電子処方箋の運用に慣れるまでの手間などを「デメリット」と感じている医師が多いようです。
なお厚生労働省では 電子処方箋対応の医療機関・薬局のリストを以下のページで公開していますが、2023年2月26日時点で電子処方箋が導入されている病院・診療所の数は50、薬局は700となっています。
◆厚生労働省「電子処方せん対応の医療機関・薬局についてのお知らせ」
電子処方箋導入済みの医療機関で働く医師が考える「メリット」とは?
続いて、電子処方箋の導入は診療や医師の業務に「メリットがある」と回答した方に具体的にメリットと感じていること・期待していることを尋ねました。
Q:「電子処方箋」導入によるメリットとして感じていること・期待していることとして、当てはまるものを教えてください。
最も多くの回答を集めたのは「直近の処方を含む 患者様の薬剤情報を確認できる」で、次いで「重複投薬・併用禁忌のチェックができる」、「リアルタイムで薬局との情報連携ができる」となりました。
電子処方箋の大きな特徴である過去の処方データが活用できる点や、薬局とのコミュニケーションが円滑になることによる業務効率化、患者様の利便性やアドヒアランス向上につながる点を評価している医師が多いようです。
その他、以下のようなコメントも寄せられています。
臨床上・医療経済的なメリットが大きい
・処方箋の参照性の向上については、セキュリティリスクを除いてメリットしかない。
臨床上は他院処方の把握による重複や併用禁忌の回避、かかりつけ医の把握、経済的には保険適応での処方薬の横流し回避が有用かと思われる。(30代/勤務医(大学病院))
残薬・重複処方が与える医療保険財政への影響に対する取り組みとして妥当
・残薬や重複処方で年間400億以上のロスがあることを考えれば、当然の流れ。(60代/勤務医(一般病院))
オンライン診療における活用が期待できる
・オンライン診療への親和性は高いと思う。(30代/勤務医(診療所・クリニック))
電子処方箋の賛否については「どちらともいえない」医師が約半数
最後に、全ての医師に電子処方箋に対する向き合い方についてお聞きしました。
Q:「電子処方箋」に対するお考えとして、最も近いものを選んでください。
最も多くなったのは「どちらともいえない」(45.3%)であり、次いで「賛成である」(30.6%)、「関心がない」(14.7%)、「反対である」(9.4%)となりました。
医師から寄せられたコメントも合わせてご紹介します。
電子処方箋の概要や目的が分からない
・詳細を把握していないため、なんとも言えません。(40代/勤務医(健診施設や老健など))
・目的や使用法が分からない。(60代/勤務医(一般病院))
運用中の不具合やセキュリティ対策に不安がある
・システム不具合に対応できるか等は気になります。(30代/勤務医(大学病院))
・インフラとのセットでの国策が必要、インターネットのセキュリティが重要だと思う。(50代/勤務医(一般病院))
HPKIカード発行にかかる費用補助について
・HPKIカードについては現状有料かつ更新も有料であり、このあたりの補助がないと申請を行う医師にメリットがない。(30代/勤務医(一般病院))
その他
・業務負担が減るならば、導入して欲しい。(40代/勤務医(一般病院))
・導入するにしてもしないにしても、それに従う。時代の流れには逆らわない。(50代/勤務医(一般病院))
今回の調査において「勤務先で電子処方箋がすでに導入されている」と回答した医師は、全体のわずか4.1%でした。
このように電子処方箋に関する認知や普及がまだ十分進んでいない状況下で、ご自身の意向や取るべき対応を決めかねているという医師が少なくないようです。
ここまで、電子処方箋の概要や導入のメリット・デメリット、医師の向き合い方についてご紹介しました。
医師や薬剤師などの医療従事者、そして医療を受け取る側の患者様にとってのメリットも大きいといわれる電子処方箋ですが、今回の調査においては「まだこれから」といった印象を濃くする結果となりました。
なお2023年12月28日には、病状・症状が安定していると医師が判定した患者を対象に一定の期間内に反復使用できる「リフィル処方箋」の機能も新たに追加されています。
対応している医療機関や薬局の情報はこちら▼
厚生労働省「電子処方せん対応の医療機関・薬局についてのお知らせ」
「どの医療機関や薬局であっても電子処方箋が利用できる」という状況に至るまでは、今しばらく時間がかかりそうですが、機能アップデートをはじめとする最新情報や政府の動向、ご自身のご勤務先やエリア内の医療機関・薬局における導入状況は引き続き注視していく必要があるでしょう。
◆調査概要「オンライン資格確認」「電子処方箋」に関するアンケート
調査日:2023年2月21日~2月28日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
有効回答数:382
参照)
社会保険診療報酬支払基金「オンライン資格・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト」
厚生労働省「電子処方箋」
厚生労働省「電子処方箋について」
厚生労働省「電子処方箋 概要案内(病院・診療所)」
厚生労働省「電子処方箋に関する周知・案内等素材について」
厚生労働省 医薬・生活衛生局、社会保険診療報酬支払基金「電子処方箋管理サービスにおける重複投薬等チェックの概要」
厚生労働省「電子署名の運用フロー」
厚生労働省「令和4年度地域診療情報連携推進費補助金について(電子処方箋導入促進のためのHPKI普及事業)」
厚生労働省「電子処方箋メリット動画(医療機関向け)」