タスク・シフトとは、医師以外の職種に 医師の業務の一部を任せる「業務移管」のことです。
2024年4月から始まった「医師の働き方改革」の適用に伴い、医師への業務集中を緩和するためのタスク・シフト/シェアに注目が集まっています。
本記事では、厚生労働省が公表している「タスク・シフト/シェア推進に関する検討会」に関する資料などから、タスク・シフト/シェアの概要や導入するメリット、実施するうえで医師や院内のスタッフ、医療機関に求められることを読み解いていきます。
タスク・シフト/タスク・シェアとは?
タスク・シフト/タスク・シェアが推進される背景は?
医師の長時間労働については、長らくの間さまざまな議論が積み重ねられてきました。
しかし医師の業務は、日進月歩の医療技術への対応や患者様から求められる医療やコミュニケーションの質の高まり、そして書類作成等の事務作業などによって増加の一途をたどっています。
このような状況を打破する施策の一つとして挙げられているのが、医師に集中する業務負担を軽減するためのタスク・シフト/シェアです。
厚生労働省の「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」に関する資料には、以下のような記載があります。
・医師に対して時間外労働の上限規制が適用される2024年4月に向けて、労働時間の短縮を着実に推進していくことが重要である。
・現行制度の下でのタスク・シフティングを最大限推進しつつ、多くの医療専門職種それぞれが自らの能力を活かし、より能動的に対応できる仕組みを整えていくため、関係職能団体等30団体からヒアリングを行った。
「医師の働き方改革」に向けて医師の長時間労働を強力に是正していくためには、医師以外の専門職種とのタスク・シフト/シェアを進めていくことが大きな鍵となります。
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タスク・シフトとは、医師の業務を他職種に「移管」すること
タスク・シフトとは、医師以外の職種に 医師の業務の一部を任せる「業務移管」です。
看護師については、2015年10月に「特定行為に係る看護師の研修制度」が創設されました。
この特定行為研修を受けた看護師は、人工呼吸器の離脱や気管カニューレの交換など38の医療行為を実施することが可能となり、医師の労働時間短縮に大きな効果が期待できるとされています。
参照:日本看護協会「看護師の特定行為研修制度ポータルサイト」
また看護師以外にも、診療放射線技師や臨床検査技師、臨床工学技師、救命救急士の業務についても2021年10月に法改正され、実施できる業務の範囲が拡大しました。
タスク・シェアとは、複数の職種で業務を「共同実施」すること
一方のタスク・シェアは、医師以外のいくつかの職種と医師の業務を分け合う「業務の共同化」を指します。
厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」に関する報告書では、タスク・シフト/シェアの効果や期待することとして、次のような記載があります。
・医師の働き方改革を着実に進めていくためには、医療機関全体としての効率化や他職種も含めた勤務環境改善に取り組むことが不可欠である。
・医療従事者の合意形成のもとで、患者に対するきめ細やかなケアによる医療の質の向上、医療従事者の長時間労働の削減等の効果が見込まれる。
・具体的な役割分担・連携の在り方、導入方法、医療機関側・看護師側双方に対する支援策等の個別論点を整理した上で、その円滑な実施が強く期待される。
引用:厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアについて」
タスク・シフト/シェアを導入するメリットは?
タスク・シフト/シェアに期待される大きな効果は、医師に集中している業務負担を軽減することです。
長時間労働が慢性化している医師の業務を他の職種へ移管したり、共同化したりすることは、医師の労働時間を短縮することに繋がるでしょう。
また医師以外の職種が実施できる業務が増えることによって、医師は「医師にしかできない業務」に集中できるという点も大きなメリットです。
医師が診療・治療のために費やせる時間の増加により、提供する医療の質がさらに向上することも期待できます。
医師のタスク・シフト/タスク・シェアが可能な職種と内容は?
では具体的にどのような職種と、どのような業務のタスク・シフト/シェアを実施することができるのでしょうか。
タスク・シフト/シェア可能な業務には、3つの種類がある
厚生労働省医政局では、関係職能団体など全30団体からヒアリングを実施し、タスク・シフト/シェアが可能とされる医療行為について洗い出しを行いました。
その結果 約300の医療行為が該当となり、さらに以下の3つに分類されています。
・「現行制度の下で実施可能な業務」
・「現行制度で対応可能か明確に示されていない業務」
・「現行制度では実施できない業務(実施するためには法令改正が必要な業務)」
今回はこの3つのうち、医師団体や病院団体が提案した業務、特に長時間労働を行っているとされる診療科に関連する業務などの「現行制度の下で実施可能な業務」で特に推進すべきとされているものをご紹介します。
職種に関わりなく、タスク・シフト/シェアが推進されている業務
職種を問わず、タスク・シフト/シェアが推進される業務は、以下の通りです。
なお、実施にあたっては
医療安全等の観点から、診療の補助に当たらないものについても、医師が適切に関与することが必要である。
とされています。
◆職種に関わりなくタスク・シフト/シェアが推進されている業務
業務 | 対象となる職種 | 具体的な内容例 |
---|---|---|
説明と同意 | 看護師 診療放射線技師 臨床検査技師 薬剤師 理学療法士 作業療法士 言語聴覚士 医師事務作業補助者 看護補助者 | 検査等の説明と同意 薬剤師による薬物療法全般に関する説明 入院時の説明(オリエンテーション)など |
各種書類の下書き・仮作成 | 臨床検査技師 理学療法士 作業療法士 言語聴覚士 医師事務作業補助者 | 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士による リハビリテーションに関する書類の作成・所見の下書きの作成 医師事務作業補助者による診療録の代行入力、損保会社等に提出する診断書、特定疾患等の申請書、介護保険主治医意見書等の書類、入院診療計画書や退院療養計画書等診療報酬を算定する上で求められる書類、紹介状の返書などの書類の下書き |
診察前の予診等 | 看護師 医師事務作業補助者 | 看護師による診療前の問診や検査前の情報収集(病歴聴取・バイタルサイン測定・トリアージ、服薬状況の確認、リスク因子のチェック、検査結果の確認) 医師事務作業補助者による診察前の予診(医師が診察をする前に、診察する医師以外の者が予備的に患者の病歴や症状などを聞いておく行為) |
患者の誘導 | 看護補助者 診療放射線技師 臨床工学技士 救急救命士 | 看護補助者による院内での患者移送・誘導 診療放射線技師による放射線管理区域内への患者誘導 臨床工学技士による患者の手術室退室誘導 |
厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会 議論の整理」、
厚生労働省「タスク・シフト/シェア推進に関する検討会 議論の整理の公表について_別添1 参考資料」をもとに編集部作成
職種ごとに、タスク・シフト/シェアが推進されている業務
続いて、それぞれの職種でタスク・シフト/シェアが推進される業務も確認していきましょう。
◆各職種のタスク・シフト/シェアが推進されている業務
対象となる職種 | 業務内容 |
---|---|
助産師 | ・助産師外来 ・院内助産(低リスク妊婦の健診・分娩管理、妊産婦の保健指導) |
看護師 | ・特定行為(38 行為 21 区分)の実施 ・予め特定された患者に対し、事前に取り決めたプロトコールに沿って、医師が事前に指示した薬剤の投与、採血・検査の実施 ・救急外来において、医師が予め患者の範囲を示して、事前の指示や 事前に取り決めたプロトコールに基づき、血液検査オーダー入力、採血・検査の実施 ・画像下治療(IVR)/血管造影検査等各種検査・治療における介助 ・注射、ワクチン接種、静脈採血(静脈路からの採血を含む)、静脈路確保・抜去及び止血、末梢留置型中心静脈カテーテルの抜去及び止血、動脈ラインからの採血、動脈ラインの抜去及び止血 ・尿道カテーテル留置 |
薬剤師 | ・手術室・病棟等における薬剤の払い出し、手術後残薬回収、薬剤の調製等、薬剤の管理に関する業務 ・事前に取り決めたプロトコールに沿って、処方された薬剤の変更(投与量・投与方法・投与期間・剤形・含有規格等) ・効果・副作用の発現状況や服薬状況の確認等を踏まえた服薬指導、処方提案、処方支援 |
診療放射線技師 | ・血管造影・画像下治療(IVR)における医師の指示の下、画像を得るためカテーテル及びガイドワイヤー等の位置を医師と協働して調整する操作 ・医師の事前指示に基づく、撮影部位の確認・追加撮影オーダー(検査で認められた所見について、客観的な結果を確認し、医師に報告) |
臨床検査技師 | ・心臓・血管カテーテル検査・治療における直接侵襲を伴わない検査装置の操作(超音波検査や心電図検査、血管内の血圧の観察・測定等) ・病棟・外来における採血業務(血液培養を含む検体採取) |
臨床工学技士 | ・手術室、内視鏡室、心臓・血管カテーテル室等での清潔野における器械出し(器械や診療材料等) ・医師の具体的指示の下、全身麻酔装置の操作や人工心肺装置を操作して行う血液、補液及び薬剤の投与量の設定等 |
医師事務作業補助者 | ・医師の具体的指示の下、診療録等の代行入力 |
※ ここでいう医師事務作業補助者については「医師の指示で事務作業の補助を行う業務に従事する者」を指し、診療報酬上の加算がとれているか否かは問わない。
厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会 議論の整理」、
厚生労働省「タスク・シフト/シェア推進に関する検討会 議論の整理の公表について_別添1 参考資料」をもとに編集部作成
2024年4月からの「医師の働き方改革」に向けて医師の労働時間を短縮するためには、まずは上記のような「現行制度の下で実施可能な業務」のタスク・シフト/シェアに取り組んでいくことが求められています。
タスク・シフト/シェアの推進・普及に向けた課題と対策は?
医師の労働時間短縮への大きな一手となることが期待されるタスク・シフト/シェアですが、実際はどのくらいの医療機関で導入・実施されているのでしょうか?
タスク・シフト/シェアが実施されている医療機関は、まだ限定的
ここで、2つのグラフをご紹介します。
1つめのグラフは、「Dr.転職なび」が実施した医療機関へのアンケート結果(※1)です。
「医師の働き方改革」に向けた取り組みとして タスク・シフト/シェアを実施している職種を尋ねたところ、「(タスク・シフト/シェアを)実施している職種はない」と回答した医療機関が最も多く、全体の47.6%を占める結果となっています。
◆医療機関へのアンケート
Q:医師の業務に関する「タスク・シフト/シェア」を実施している職種はありますか?(複数選択可)
2つめのグラフは、自身の業務を移管・共同化する側となる医師に実施したアンケート結果を示したもの(※2)です。
常勤先における「医師の働き方改革」が進んでいると回答した医師に向けて、1年前と現在を比較した際の勤務先の変化を聞きました。
◆医師へのアンケート
Q:1年前と比べて、常勤先が「変わった」と感じる点を教えてください。(複数選択可)
上記のように労働量の管理や有給取得の推進などが上位を占めており、他職種へのタスク・シフト/シェアが進んだと回答した医師はおよそ8%にとどまっています。
これらの結果からは、現時点ではタスク・シフト/シェアの導入を進めている医療機関はまだ多いとはいえない状況であること。
そして、当事者となる医師においてもタスク・シフト/シェアが進んでいると実感している医師は一部であることが伺われます。
タスク・シフト/シェアを推進するための「3つの課題」とは?
今後さらにタスク・シフト/シェアを積極的に進めていくためには、どのように対処していけば良いのでしょうか。
厚生労働省では、タスク・シフト/シェアを進めていく上での課題について 以下のように言及しています。
・医療機関においてタスク・シフト/シェアを進めるためには、実施の可否を明確化して実施可能な業務について整理するとともに、当該業務のタスク・シフト/シェアを推進するための方策を講じることが重要である。
・タスク・シフト/シェアを進める上でまずは法的な整理を行ってタスク・シフト/シェア可能な業務の明示や法令改正を行うことになるが、それを行った上でなお、タスク・シフト/シェアを進めるためには、「意識」「技術」「余力」の3 つの課題への対応が必要となる。
以下では、この3つの課題に対するアプローチと期待できる効果について掘り下げてご紹介します。
アプローチ①院内におけるタスク・シフト/シェアに対する意識改革を促す
【課題】
・医療従事者全体が、制度を十分に理解していない
・社会への啓発が足りていないため、タスク・シフト/シェアが進まない
【対応策】
・管理者のマネジメント研修や医師全体に対する説明会
・各部門責任者に対する研修
・全職種の意識改革に関する研修
【期待できる効果】
・院内におけるタスク・シフト/シェアの取り組みの機運向上
・自院で取り組むタスク・シフト/シェアの積極的な選定
・タスク・シフト/シェアされる側のモチベーションの向上
アプローチ②タスク・シフト/シェアされる側の技術を担保する
【課題】
・タスク・シフト/シェアされる側への指導方法や研修の在り方が統一されていない
・マニュアルの作成や成功事例の共有、研修システムの構築が出来ていない
【対応策】
・タスク・シフト/シェアに係る研修を実施する
―新たに担当する業務の導入に向けた院内研修の実施 (職種横断的な取り組み)
ー現行担当している職種による、教育・研修の実施
【期待できる効果】
・タスク・シフト/シェアされる側の不安の解消
・タスク・シフト/シェアされる側の知識、技術の向上
・医療安全の確保
アプローチ③余力を確保する
【課題】
・特に看護師や医師事務作業補助者の負担が増大していることにより、人材の確保が難しい
・作業スペースの確保が難しい
【対応策】
・ICT導入等による業務全体の縮減
・看護師または現行担当している職種からその他の職種へのタスク・ シフト/シェアを推進
【期待できる効果】
・特定の職種に対する負担の軽減
・一連の業務の効率化
上記のように、自院が抱える課題に合わせて段階的に対策を行っていくことが、タスク・シフト/シェアの推進において大きなポイントとなるようです。
タスク・シフト/シェアが進む「医師が働きやすい医療機関」を探す方法は?
タスク・シフト/シェアは、医師の労働時間を短縮するために有効な施策の1つです。
さらには、医師が「医師にしかできない業務」に集中できるようになることで、提供する医療の質の向上にも繋がる可能性があります。
2024年4月から始まる「医師の働き方改革」に向けて、
ワークライフバランスを大切にしたい。
今よりも、患者様とじっくり向き合える時間を増やして診療を行いたい。
とお考えの先生は、タスク・シフト/シェアが進む医療機関を勤務先として検討してみてはいかがでしょうか。
なお、タスク・シフト/シェアの進行度は、医療機関によって大きく異なることが予測されます。
ご検討の際には、医療機関の内部事情や医師のキャリアパスにも詳しい「Dr.転職なび」のコンサルタントまでご相談ください。
◆調査概要
(※1)「医師の働き方改革」に向けた取り組み状況に関するアンケート
調査日:2023年2月22日~3月10日
対象:全国の病院・診療所・老健など
調査方法:webアンケート
有効回答数:229
(※2)「医師の働き方改革」に関するアンケート
調査日:2023年4月25日~2023年5月2日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
有効回答数:365