精神保健指定医とは、重度の精神障害を持つ患者の措置入院や緊急措置入院、医療保護入院など、任意入院以外の判断を職務として遂行できる法的な資格を持つ精神科医のことです。
精神科医としてのキャリアパスにおいて、この精神保健指定医の取得を目指す医師は多いのではないでしょうか。
本記事では、精神保健指定医が担う役割や資格を有するメリット、資格を取得するための方法を分かりやすく解説します。
精神保健指定医とは?
厚生労働大臣の指定を受け、患者を強制入院させる法的権利を持つ医師
精神保健指定医とは、重度の精神障害を持つ患者の措置入院や緊急措置入院、医療保護入院など、任意入院以外の判断を職務として遂行できる法的な資格を持つ精神科医のことです。
精神科医療では、患者さま本人の心身の保護や、家族や周囲の安全を確保するといった観点から、本人の意思によらない強制入院や緊急措置入院・医療保護入院・隔離など一定の行動制限などを行わざるを得ないケースも多くあります。
ただしこれらの対応は、患者本人の拒否権をはく奪し、人権侵害にあたる可能性の高いものです。
そこで昭和62年の精神衛生法改正(精神保健法の成立)によって、精神保健指定医制度が創設されました。
この制度では厚生労働大臣が、一定の精神科実務経験を有し、法律等に関する研修を終了した医師のうちから「精神保健指定医」を指定します。
精神保健指定医は、患者の人権に十分配慮した医療を提供する精神科医として、重症の精神障害患者の強制入院や隔離などの行動制限、措置入院者の退院の判断等を法に基づいて行うことができます。
参照:厚生労働省「精神保健指定医_精神保健指定医とは」
「精神科専門医」との違いは?
精神科専門医は、日本精神神経学会が定める研修を受けることで認定される資格です。
日本精神神経学会の会員となった上で所定の研修プログラムを修了し、精神科専門医試験に合格することで資格を取得できます。
なお精神保健指定医のように、患者本人の意に反する強制入院を指示することはできません。
つまり措置入院が必要と判断する場合であっても、法的根拠をもって実行する権限を持っていないということです。
よってこのようなケースには、精神保健指定医に診察・判断を改めて依頼しなくてはなりません。
精神保健指定医の職務は?
措置入院や精神科病院への立入検査に関する業務の際は、「公務員」として職務を行う
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下 精神保健福祉法)において、精神保健指定医が従事する職務は「医療機関における職務」と「公務員としての職務」の2つに分類して定められていいます。
なお措置入院の判断などの人権上適切な配慮を要する業務や、精神科病院への立入検査等権限の行使に関する業務については、都道府県知事の適正な権限行使を担保するため、精神保健指定医は「公務員」として職務を行うこととされています。
◆医療機関等における職務(第19条の4第1項)
・任意入院者の退院制限における、入院継続の必要があるかどうかの判定(第22条の4第3項)
・措置入院者の自傷他害のおそれ消失に伴う届け出における、入院継続の必要があるかどうかの判定(第29条の5)
・医療保護入院又は応急入院を必要とするかどうかの判定(第33条第1項、第33条の4第1項)
・任意入院が行われる状態にないかどうかの判定(第22条の3)
・入院中の患者に対し、行動の制限を必要とするかどうかの判定(第36条第3項)
・定期報告事項に係る措置入院患者の診察(第38条の2第1項)
・定期報告事項に係る医療保護入院患者の診察(第38条の2第2項)
・仮退院させて経過を見ることが適当かどうかの判定(第40条)
出典:厚生労働省「精神保健指定医の確保について」
◆公務員としての職務(第19条の4第2項)
・措置入院及び緊急措置入院における、入院を必要とするかどうかの判定(第29条第1項、第29条の2第1項)
・措置入院等における移送に係る行動制限を必要とするかどうかの判定(第29条の2の2第3項)
・医療保護入院等における移送に係る行動制限を必要とするかどうかの判定(第34条第4項)
・都道府県知事が実地審査の際、指定する指定医が措置入院の解除に関して、入院を継続する必要があるかどうかの判定(第29条の4第2項)
・医療保護入院及び応急入院のための移送を必要とするかどうかの判定(第34条第1、3項)
・定期報告又は退院等請求に係る診察(第38条の3第3項、第38条の5第4項)
・精神科病院への立入検査、質問及び診察(第38条の6第1項)
・改善命令に関して、精神科病院に入院中の任意入院患者、医療保護入院患者又は応急入院患者の入院を継続する必要があるかどうかの判定(第38条の7第2項)
・精神障害者保健福祉手帳の返還を命じるための診察(第45条の2第4項)
出典:厚生労働省「精神保健指定医の確保について」
精神保健指定医のやりがいとメリットは?
患者や患者家族、地域社会の安全を確保するための判断ができる
精神保健指定医は、精神科医としての通常業務に加えて、患者を強制入院・隔離などの行動制限を行ったり、措置入院者の退院に関する判断を行ったりすることが職務に含まれます。
法に基づいてこれらの職務に従事できる医師は、精神保健指定医のみです。
自身の専門的な判断によって患者本人や家族の安全を確保し、さらには地域社会の福祉を守ることができるという役割に、大きな意義を感じる医師は多いのではないでしょうか。
年齢を重ねても、第一線で活躍できる
外科系の専門領域の医師は、加齢とともに手術などの手技において最適なパフォーマンスを発揮することが難しくなります。
そのため、転科などのセカンドキャリアを検討するケースが大半です。
一方で、精神保健指定医は年齢を問わず、精神医療の現場の第一線で働くことができます。
精神保健指定医に求められるのは、措置入院などの人権上適切な配慮を要する業務に伴う判断力です。
長年積み重ねてきた経験も、それらの判断を行う上で大きく役立つと考えられます。
よって「精神科医として長く働いている」ことは、精神医療の現場で活躍する医師の資質の一つともいえるでしょう。
精神科医としてのキャリアアップになり、転職時も有利に働く
精神保健指定医は、国が定める要件を満たし、厚生労働大臣からの指定を受けた医師のみが得られる国家資格です。
なおDr.転職なびが転職経験のある医師に行った調査(※)において「転職活動において有利に働くと感じたもの」を尋ねたところ、半数を超える医師が回答したのは「専門医・指定医などの資格」(50.3%:複数回答)でした。
Q:医師の転職活動において「これがあると有利」と感じたものはありますか?(いくつでも選択可)
さまざまな資格のなかでも、精神保健指定医の資格を持つ医師は多くの医療機関から求められる存在であり、指定医の資格を持たない医師よりも好待遇で迎えられる傾向があります。
特に病床を有する精神科では、必ず常勤の精神保健指定医を配置することが厚生労働省によって定められており、精神保健指定医が複数名いないと業務が困難になってしまうケースもあります。
そのため精神科の常勤医師募集では、「精神保健指定医の資格を有すること」が応募条件となっている案件も少なくありません。
また無床の医療機関においても、精神保健指定医が在籍していることは患者へのアピールポイントとなり、集客力を高めることに繋がります。
加えて、精神保健指定医が勤務することによって受けられる診療報酬上の加算もあるため、精神保健指定医を持つ医師からの応募は歓迎される傾向があるのです。
このように精神保健指定医に対するニーズは高い状況があり、収入面や働き方の面でも優遇された条件が提示されるケースは多くなっています。
なおアルバイトの募集においても、精神保健指定医を持つことが応募条件となっている求人や、「給与1回あたり80,000円/精神保健指定医の場合は90,000円」等のように精神保健指定医の資格有無によって給与条件が異なる求人もみられます。
精神保健指定医になるために必要な3つの要件とは?
精神保健指定医の資格を取得するためには、以下3つの要件を満たすことが求められます。
精神保健指定医になるための要件①5年以上の臨床経験。そのうち、3年以上の精神実務経験を有する
診断または治療に従事した経験が5年以上あり、かつ精神障害の診断または治療に従事した経験が3年以上あることが必要です。
最短では、初期研修修了後に精神科で3年以上の経験を積むことにより、受験資格が得られます。
精神保健指定医になるための要件②厚生労働大臣が定める研修過程を終了する
上記①を満たした後に、「精神保健指定医研修会」という講習を受ける必要があります。
3日間の研修で精神保健福祉法などの法制度を中心に学ぶものとなっており、受講費用は45,000円です(2023年10月時点)。
開催日時や場所などの詳細は、日本精神科病院協会「精神保健指定医研修会」のページ内に掲載されています。
なお申請対象は、「申請前1年以内に行われた研修会のみ」となっていますので注意しましょう。
精神保健指定医になるための要件③厚生労働大臣が定める精神科臨床経験を有する
厚生労働大臣が定める精神障害について、厚生労働大臣が定める程度の診断または治療に従事した経験を有することを証明するために、ケースレポートによる書面審査と口頭試問に合格する必要があります。
ケースレポートの提出では、必要な症例を5分野5症例集めてレポートを作成し、都道府県経由で厚生労働省に提出します。
その後は、ケースレポートの内容や精神保健指定医として必要な知識などについて質疑応答を行う口頭試問が実施され、ケースレポートの提出から約1年後に指定可否の通知が届きます。
なお2019年7月以降に行う新規申請からは、指定に関する要件が見直されています。
詳細は、厚生労働省「精神保健指定医の指定に関する要件・実施方法等の見直しについて」をご確認ください。
精神保健指定医の取得をサポートしてくれる医療機関もある
なお医師転職求人では、精神保健指定医の取得を目指す医師へのサポート体制が整った医療機関の募集も少なくありません。
精神保健指定医の指定を受けるために必要な症例が揃っている医療機関や、他科からの転科医師に向けたプログラムを提供している医療機関もあります。
これから精神保健指定医の取得を検討されている先生は、以下よりお気軽にお問い合わせください。
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精神保健指定医は、5年ごとの更新申請が必要
精神保健指定医は5年に1回、更新手続きを行う必要があります。
具体的には、更新申請のための研修を受講し、研修の実施団体経由で都道府県知事又は指定都市の市長に申請をします。
参照:日本精神科病院協会「更新申請のための研修会」
もし5年度ごとの研修を受けなかった場合には、やむを得ない理由があると厚生労働大臣が認めた場合を除いて、当該指定を受けるべき年度の終了の日をもって失効してしまうので注意が必要です。
また勤務先や氏名が変更になった時にも、速やかに申請を行いましょう。
参照:厚生労働省「精神保健指定医の証の更新等に係る事務取扱要領について」
以上、精神保健指定医が担う役割や資格を有するメリット、資格を取得するための方法を解説しました。
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(※)調査概要「転職活動に関するアンケート」
調査日:2023年9月19日~9月26日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
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