医師の世界は縦社会的で師弟的な関係性がまだ根強い傾向があり、ハラスメントが生じやすい環境であると言われます。先生はこれまで医師として勤務するなかで、「ハラスメント」という言葉が頭をよぎるような出来事に遭遇したご経験はありますか?
目次
ハラスメントとは?
ハラスメントとは、相手の尊厳を傷つけ、不利益を生じさせる「嫌がらせ行為」の総称です。行為者の意図とは関係なく、受け手が不快な感情を抱けばそれはハラスメントとなります。そのため、ハラスメントをおこなっている行為者が「そんなつもりではなかったのに…」と自覚できていないというケースも少なくありません。
多くの労働者を苦しめる、職場でのハラスメント
厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、総合労働相談コーナー宛に寄せられる相談で最も多かったのは職場のいじめ・嫌がらせに関する相談となっています。
また厚生労働省「過労死等の労災補償状況」では、精神障害の支給決定件数に占める精神障害発症の原因となった出来事として「ハラスメントに関するもの」が最も多くなっています。さらに業種(大分類)別に精神障害の労災請求・支給決定件数をみると、最も件数が多かったのは「医療・福祉」業でした。
近年は誰もがハラスメントの被害者、そして加害者にもなりかねない時代といわれていますが、そのなかでも医療業界におけるハラスメントは特に深刻な状況なのです。
2022年5月、弊社ではDr.転職なび・Dr.アルなびの会員医師を対象とした「ハラスメントについてのアンケート」を実施いたしました。今回は734名の先生方からお寄せいただいた声をご紹介します。
医療現場でのハラスメントの実態
半数以上の医師が、ハラスメントを受けたことがある
職場でハラスメントを受けたと感じたことがあるかについて質問したところ、55%の医師が「(ハラスメントを)受けたと感じたことがある」と回答しています。
医師が受けるハラスメントで最も多いのは、パワーハラスメント
つづいて「(ハラスメントを)受けたと感じたことがある」と回答した医師に、受けたハラスメントの種類について質問したところ、最も多かったのが「パワーハラスメント」でした。以降は「ペイシェントハラスメント(患者による、医師に対する嫌がらせ)」、「モラルハラスメント」という回答が続きました。
なお、厚生労働省「あかるい職場応援団」による職場におけるパワーハラスメントの定義は、以下の通りです。
※厚生労働省「あかるい職場応援団」を参考として編集部作成
多くの声が寄せられた「医師のハラスメント体験談」
今回の調査で寄せられた341件の体験談の中から、一部を抜粋してご紹介します。
■パワーハラスメント
・僻地への左遷(泌尿器科/男性)
・なんで仕事があるのに有給使うの?と言われた(消化器内科)
・治療方針が違う上司と議論しようとしたら、クビにしてやろうか?と脅された(一般内科)
・無視される。カンファレンスから外される(小児科/男性)
・たくさん怒鳴られた(一般外科/男性)
・コッヘル(止血鉗子)を投げられた(一般内科/男性)
・トイレに行く時間を与えられなかったり、人前で怒鳴られたりして、適応障害を起こした(その他専門職)
■ペイシェントハラスメント
・暴言、暴行、居座り行動の患者(その他外科系/女性)
・患者に不必要に触られる (内分泌科/女性)
・患者から土下座を強要された(消化器内科/男性)
・患者が無許可で動画を撮る(一般外科/男性)
・患者から「医療はサービス業だろうが」と言われたことがある(一般内科/男性)
・患者の家族から良くならないのはお前のせいだ、と何度も病院にクレーム電話(一般内科/男性)
■モラルハラスメント
・出身大学が違うので、医局をやめるよう指示された(健診/男性)
・特定の看護師から毎日のように嫌味を言われたり、罵倒されたり、無視されたりした(その他専門科目/女性)
・後輩医師に医局から疎外されるように工作された(内分泌科/男性)
・先輩医師から人格否定をされた(消化器内科/男性)
■セクシャルハラスメント
・男性患者から不用意に触られることが繰り返しあった(一般内科)
・上司に愛人契約を持ちかけられた(その他専門科)
・職場で身体を触られる、胸や腰を誉めるかのように言及する。キスされる(一般内科/女性)
・看護師に太ももを触られた(一般内科/男性)
・宴会でキスを強要された。肉体関係を望まれた(小児科/男性)
■アカデミックハラスメント
・博士論文を承認しないと言われた(消化器内科/男性)
・学生の時、私立大学出身の先生から国立大学の生徒は鬱陶しいと言われた(内分泌科)
■アルコールハラスメント
・医局の飲み会で飲みたくもない酒を強要され、飲まないでいると挙句の果てには、頭からビールをかけられた(一般内科/男性)
・飲み会への強制参加、酒を飲まないのに無理やり飲まされる。(その他外科系/男性)
■ジェンダーハラスメント
・女が医学部うけるなといわれた(皮膚科/女性)
・女は子ども産んで辞めろ、と教授に言われた(一般内科/女性)
・医局長に女性だから大学院へ入らなくて良いといわれた(精神科/女性)
・入局説明会で、女はいらんと断られた(精神科/女性)
■マタニティハラスメント
・妊娠するなと言われた(小児科/女性)
・育児休暇をとらないようにいわれた(放射線科/女性)
・妊娠中、同僚に嫌味を言われ、仕事に関するいやがらせを受けた(その他専門科/女性)
・子育てしている女医は医者じゃないと言われた(小児科/女性)
なお今回の調査では、複数の医師から同様のエピソードが上がっており、業界全体としての課題を色濃く感じる結果となりました。
医療業界でハラスメントが発生する原因は?
では、どうして医師の職場におけるハラスメントは多発してしまうのでしょうか。
医師からの回答では、医療現場特有の人間関係や序列、多忙で余裕のない労働環境もハラスメントが発生する要因の一つとなっているのでは、という声もあがっています。
医師の回答からみる、ハラスメントが起こる要因
■職場環境
・心に余裕がない。忙しすぎる(健診/女性)
・皆の精神状態の劣悪さ(皮膚科/女性)
・少人数で閉鎖的な職場環境(一般内科/男性)
・上下関係、男尊女卑という意識がまだ根付いている(循環器内科/女性)
・昔はもっと大変だったという昔からの伝統(眼科/男性)
■周知・教育
・指導する側がハラスメントだと思っていない(産業医)
・適切な指導方法が分からないこと(その他専門科/男性)
・ハラスメントへの社会の目の変化に対応しきれていない人が多いこと(その他専門科/男性)
・現場のストレス、ハラスメント教育がなされていない(一般内科/女性)
■制度・体制
・厳罰化されていないから(精神科/女性)
・告発しても適切に対応・指導しない上層部(消化器内科/男性)
・慣例を踏襲する習慣。ハラスメントを改善する意識が組織にないこと(小児科/女性)
■人の問題
・お互いのコミュニケーション不足(腎臓内科/男性)
・信頼関係の欠如(一般内科/男性)
・根本的には前提とする価値感の相違が原因(その他専門科/男性)
■認識の差
・世代間ギャップ(一般内科/男性)
・医者は24時間働いて当たり前という認識(一般内科/男性)
医師は労働する時間が非常に長く、かつ人命や健康に影響する責任が重い業務を担っています。このように非常に強いストレスがかかる環境であることも影響して、同僚や後輩などに対して強く当たってしまう等が起こりがちです。
ハラスメントは、ちょっとしたコミュニケーション不全によって起きることも多いとされています。ハラスメントか否かは、行為者の意図とは関係がなく「受け手側が不快に思うかどうか」によって判断されます。
例えばため息などは、疲れていると無意識で悪意なく行ってしまいがちですが、近くにいた後輩医師が「自分に対して怒っている?」と受け取ってしまう可能性もあります。
他者には「何を伝えるか」ではなく「相手にどう伝わるか」を意識して、丁寧なコミュニケーションを行うことが、職場でのハラスメント発生を防止するうえでの第一歩となるのではないでしょうか。
ハラスメントに対する医療機関・医師の対応は?
医療機関による「パワハラ防止法」の対応状況
次に、医療機関によるハラスメント対策についてみていきます。
2020年6月から、職場におけるパワーハラスメント(いじめ・嫌がらせ)の防止を目的とした「改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」が、大規模法人を対象として施行されています。
同法は段階的に対象の規模が拡大され、2022年4月には中小規模の法人も対象となりました。医療機関も例外ではなく、ハラスメントへの適切な対応が求められています。
この「パワハラ防止法」によって、具体的には 雇用管理上必要な以下の措置を講じることが義務となっています。
今回の調査では、自身の勤務先における上記①~③の対応ついて知っていますか?と質問したところ、いずれについても「知らない」という医師が7割を超えるという結果になりました。
多くの医療機関におけるハラスメント対応は、まだほとんどの医師に周知されていないようです。
ハラスメントを受けた医師の対応は、「何もしなかった」が最多
では、実際にハラスメントの被害を受けてしまった医師は、どのように対応をしたのでしょうか。
「(ハラスメントを)受けたと感じたことがある」と回答した医師に、ハラスメントを受けて取った行動について質問したところ、最も回答が多かったのは「何もしなかった」、続いて「上司や同僚、職場に相談した」、「転職・退職した」という結果でした。
実際にDr.転職なびにも「ハラスメント」や「人間関係」がきっかけとなって転職を考える先生方からのご相談が多く寄せられています。2021年11月に弊社が行った転職した医師へのアンケート(※2)においても、転職理由の第一位は「人間関係」となっています。
職場でハラスメントを「見たことがある」医師も、半数以上
職場でハラスメントを見たことがあるかについて質問したところ、56%が「(ハラスメントを)見たことがある」と回答しています。
大規模な病院などは外部の相談サービスを導入したりもしていますが、そうでない医療機関もあります。そのような場合には、労働局などの公的機関に直接相談をするというケースもあるようです。
ハラスメントのない職場環境を実現するために
最後に、ハラスメントのない職場環境にするために必要なことについて寄せられたご意見を抜粋してご紹介します。
■周知・教育
・「こういう言動がハラスメントに該当する」「ハラスメントはいけない」という認識を持った人を増やす(一次予防)。現在ハラスメントを行なっている人は自分がハラスメントを行なっていることに気づいていない可能性が高いので、多数の周囲の人からの指摘を集め、認識させた上でペナルティを課すなどしないと改善されない(二次予防)。(皮膚科/女性)
・指導者は全員ハラスメントに関する教育を受けるようにする。罰則を強化する(泌尿器科/男性)
■制度・体制
・相談窓口を病院のガイドライン等に明記すること(その他専門科/女性)
・第三者機関に相談する窓口と、行政が介入するようなさらなる法整備(一般内科/男性)
・ハラスメントに対する意識が高い人が役職につくこと。ハラスメント加害者を罰すること(内科系その他/男性)
・年功序列を止める(一般内科/男性)
・定期的な配置転換、匿名相談(腎臓内科/女性)
・定期的な面談(一般内科/男性)
・評価にハラスメントの有無を組み込む(循環器内科/男性)・部下からの評価を社内で公表するとよい(耳鼻咽喉科/男性)
・医局文化をやめるとよい。医局に属さないと専門医がとりづらくなったため、ハラスメントの力が増したと思う(眼科/男性)
■職場環境
・オープンな診察環境や医局の雰囲気(精神科)
・コミュニケーションをよく取るようにする(一般内科/男性)
・ヒエラルキーをなくす(その他専門科/男性)
■働き方改革
・大々的に働き方改革を行なっていく(精神科/男性)
・個々に精神的・肉体的余裕があれば、少し違うのではないかと思う。仕事量を減らす(産婦人科/女性)
・個人のストレスを減らすため、紙カルテ→電子カルテの導入など不要な業務軽(その他専門科/女性)
今の勤務先以外の選択肢を知っておくことも、対策のひとつ
今回の調査では、ハラスメントを受ける当事者になった医師、さらには職場でのハラスメントを見たことがある医師がともに半数を超えているという実態が明らかになりました。
ハラスメントは、当人同士の問題だけではありません。ハラスメントがある職場では、以下のような「組織上の問題」も起こりやすくなるとされています。
前述のとおり、ハラスメントに対する対策のひとつとして「転職」を選択する医師も多くいます。将来のキャリアを考えるときに、知らない世界を選ぶことができません。いま勤務されている職場以外の選択肢をもっておくことも、より良い働き方実現のための一歩となるはずです。
ぜひこの機会に、さらに先生がイキイキと活躍することができる働き方について考えてみませんか?
▼調査概要
(※1)「ハラスメントについてのアンケート」
調査日:2022年5月31日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
回答数:734人
(※2)「Dr.転職なびで転職をした医師へのアンケート」
調査日:2021年11月23日
対象:Dr.転職なびを通じて、2020年4月~2021年8月に転職をした医師
回答数:97人
▼参照
厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」
厚生労働省「過労死等の労災補償状況」