自己研鑽とは、自分自身を成長させるために必要なスキルや知識を獲得したり、鍛えたりすることによって、自らに磨きをかけることをいいます。
「医師の働き方改革」では医師に対する時間外労働の上限規制が適用となり、各医療機関では勤務医の労働時間を把握することが求められていますが、そのためには医師の自己研鑽と労働時間の区分け基準を取り決めておく必要があります。
今回、「Dr.転職なび」では自己研鑽に関するアンケートを実施し、431名の医師から回答を得ました。
上記の調査結果をもとに、医療機関における医師の自己研鑽と労働時間の区分けルールの策定状況や、医師と医療機関の間にある考え方のギャップ、医師の働き方改革の影響による懸念点等をお伝えします。
目次
本来的な自己研鑽と、勤務先が考える自己研鑽の間にあるギャップ
自己研鑽とは、能力向上のために自主的・能動的に学ぶこと
自己研鑽とは、自分自身を成長させるために必要なスキルや知識を獲得したり、鍛えたりすることによって、自らに磨きをかけることをいいます。
ビジネスにおいては、キャリアアップやプロジェクトの成功を実現するために、取り組む人自身が主体的・能動的に行動することを指し、日本語表現辞典では以下のように説明されています。
自己研鑽(じこけんさん)とは、自身の知識や技術を深めるために、自主的に学び続ける行為を指す。
出典:Weblio辞書_日本語表現辞典
この行為は、個人の能力向上や専門性の強化に寄与する。
今回の調査においても、医師として患者への責任を果たしたいという思いや、自身の知見やスキルを向上して業務をより円滑に遂行したいといった目的から、主体的・能動的に自己研鑽に取り組んでいるというコメントが多くの医師から寄せられました。
・美容系なので、患者からの質問に答えられないと信頼を失くすと自覚している。
そのため、自分で必要な新しい知識を随時確認している。(50代/美容皮膚科/勤務医(診療所・クリニック))
・時代遅れの診療をしていると、他の医者から下に見られて恥ずかしいと感じる。(60代/消化器内科/勤務医(民間病院))
・客商売のため、頑張らないといけないと思う。(40代/呼吸器内科/開業医)
約6割の医師の勤務先には「医師は自己研鑽して当たり前」という風潮がある
一方で、医師が行動主体となる自己研鑽の場合には、研鑽に取り組む人自身が主体的・能動的に行動するという本来の自己研鑽の考え方が当てはまらないケースもあるようです。
以下は、医師が自身の勤務先で「医師が自己研鑽をするのは当たり前」と雰囲気や風潮を感じた経験の有無を尋ねた質問です。
以下のグラフが示すように、58.9%と過半数の医師が、勤務先で「医師が自己研鑽をするのは当たり前」という雰囲気・風潮を感じていることがわかります(「強く感じる」「ある程度は感じる」の割合を合計)。
Q:今のご勤務先で「医師が自己研鑽をするのは当たり前」という雰囲気・風潮はありますか?
・空き時間には、勉強している先生が多い。(40代/一般内科/勤務医(診療所・クリニック))
・常にそれ(自己研鑽)を強いられている。(30代/循環器内科/勤務医(民間病院)
このように医師の自己研鑽の場合は、勤務先や上司等周りからの無言の圧力・暗黙の指示によって取り組まざるを得ないというケースも少なくないことが推察されます。
医療機関における、自己研鑽と労働時間の区分けルールの策定状況
次に、医師の勤務先である医療機関における、自己研鑽と労働時間の区分けに関する考え方やルールの明文化に関する状況、また医師自身の納得度について尋ねました。
9割以上の医師の勤務先では、研鑽と労働の区分けが明文化されていない
まず、勤務先の医療機関で自己研鑽と労働時間の区分けに関する考え方やルールが明文化されているか尋ねたところ、「明文化されている」と回答した医師はわずか8.1%でした。
つまり、91.9%の医師の勤務先では、自己研鑽と労働時間に関する考え方やルールが明確に示されていないということになります(「明文化されていない」「分からない」の割合を合計)。
Q:ご勤務先で、自己研鑽と労働時間の区別に関する考え方やルールが明文化されていますか?
約7割の医師は、研鑽・労働の区分けルールの明文化を希望
続いて、自身が働く環境を考える上で、勤務先の医療機関に研鑽と労働時間の区分けを明文化して欲しいか尋ねました。
その結果、勤務先に考え方やルールを「明文化して欲しいと思わない」と回答した医師は約3割となり(「あまり思わない」「全くそう思わない」の割合を合計)、一方で「明文化して欲しい」と答えた医師は全体の67.1%にのぼりました(「大いにそう思う」「そう思う」の割合を合計)。
Q:ご自身が働く医療機関では、労働時間と自己研鑽の区別に関する考え方やルールを明文化して欲しい・明文化すべきだと思いますか?
このように大半の医師が研鑽と労働時間の区分けの明文化を希望している背景には、医師の労働者としての権利を守り、勤務先とのトラブルを回避したいという思いがあるようです。
・そうしないと、労働時間が正確にわからない。(40代/精神科/勤務医(民間病院))
・賃金に影響があるから。(30代/整形外科/勤務医(非常勤のみ、フリーランス))
・曖昧にしておくと判断がつかず、労働側が不利になる可能性が高い。(30代/小児科/勤務医(民間病院))
6割以上の医師は、勤務先による研鑽・労働の区分け基準に不満がある
周囲の雰囲気や風潮に押し切られて、行動主体である医師本人の意思にそぐわない研鑽を行うことで、医師の不満や不信感はどんどん蓄積してしまいます。
その結果として、勤務先との関係性にネガティブな影響が出てしまう可能性もあるでしょう。
実際に今回の調査でも、自己研鑽と労働時間の区分けに関する勤務先・上司の考えや対応に「不満や不信感を持った経験がある」と回答した医師は、全体の64.5%と高い割合を占めています。
Q:自己研鑽と労働時間の区別について、勤務先や上司等の考えや対応に不満や不信感を持ったご経験はありますか?
・上司の指示で行っていることであるにもかかわらず、指示した上司が「労働ではない、自己研鑽だ」という圧力をかけてくる。(20代/皮膚科/勤務医(民間病院))
・「外科の時間外労働時間は、手術時間だけ」と言われた。(50代/一般外科/勤務医(民間病院))
69.9%の医師は、労働時間であるはずの内容が自己研鑽とみなされた経験がある
さらに、医師自身は労働時間として取り扱われるべきと考える内容が、勤務先や上司の判断によって自己研鑽として取り扱われてしまったことがあると回答した医師の割合は、全体の69.9%にのぼりました(「度々ある」と「たまにある」の割合を合計)。
Q:本来であれば労働時間として取り扱われるべき内容であるにもかかわらず、自己研鑽として取り扱われたご経験はありますか?
本来は労働時間とされるべきものが自己研鑽として扱われてしまった具体例として、以下のようなエピソードが寄せられています。
・時間外に行われる、強制参加のカンファレンス。(50代/消化器内科/勤務医(国公立病院))
・電子カルテを扱うなど、直接診療に当たっている時間以外はすべて自己研鑽とのこと。(40代/総合診療科/勤務医(国立の大学病院))
・大学病院の勤務時代、e-learningや学生の試験問題作りなどで残業をしていたが、残業時間をつけると責任者から拒否された。(40代/リウマチ科/勤務医(私立の大学病院))
・タイムカードはすべて医局が管理しており、わずかな時間のみ時間外の手当が出る。(30代/放射線科/勤務医(国立の大学病院))
・病院の都合で手術が時間外にずれ込んだのに、管理職だからとスルーされた。(50代/整形外科/勤務医(民間病院))
・学会発表準備は退勤後で、その時間は無給。(40代/麻酔科/勤務医(非常勤のみ、フリーランス))
区分け基準の曖昧さが、労働時間の研鑽化の温床になっている可能性がある
前編記事でご紹介したように、厚生労働省の「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」では、所定労働時間外で行われており自分の意思ですぐに終了することができる、かつ上司からの指揮命令下に置かれたものでない場合には、自己研鑽として取り扱われるという基準が示されています。
しかし、上述でご紹介した医師のコメントにあるエピソードは、いずれもこの基準に該当するものではないように思えます。
医療機関における自己研鑽と労働時間の区分け基準が明確に示されていないことが、本来であれば労働時間として取り扱われるべき内容が自己研鑽として取り扱われてしまう(以下「労働時間の研鑽化」)要因の一つになっているのかもしれません。
▼関連記事:本調査結果の前編記事
「医師の働き方改革」が、医師の自己研鑽に及ぼす影響
次に、2024年4月から適用となる「医師の働き方改革」による自己研鑽への影響について、医師の見通しや考え方、懸念していることを聞きました。
医師の働き方改革に向けて勤務時間の短縮を指示された医師は、およそ2割
医師の働き方改革制度の対象となる医業に従事するすべての医師は、時間外および休日勤務の上限を「年960時間」と定められています。
そのため各医療機関では、勤務医の労働時間がその上限を超えないように管理していく必要があります。
本調査を実施した2024年1月時点では、勤務先や上司等から勤務時間を短縮するよう指示を受けた医師は、全体の22.7%にとどまっています。
Q:医師の働き方改革に向けて、勤務先や上司等から勤務時間を短縮するよう指示等はありましたか?
約半数の医師は、働き方改革による勤務時間短縮で研鑽時間に「影響がある」
さらに、もし自身の勤務時間が今より短縮された場合、自己研鑽に取り組む時間にはどのような影響があると思うか尋ねました。
その結果、「影響がある」と回答した医師が47.6%となり、最も多くなっています。
ただし「今までと変わらない」と回答した医師も46.6%と拮抗しており、ほぼ二極化しています。
Q:勤務時間が短縮される場合、ご自身が自己研鑽に取り組む時間には変化があると思いますか?
なお、上記で「影響がある」と回答した医師に、さらに詳しい影響内容を確認した結果は以下の通りです。
最も高い割合となったのは「院内での自己研鑽が減り、院外での自己研鑽が増える」(53.2%)です。
・院内に長く留まることを良しとしない風潮が、そうさせる気がする。(50代/麻酔科/勤務医(非常勤のみ、フリーランス))
一方で「院内での自己研鑽が増え、院外での自己研鑽が減る」(14.1%)を選択した医師からは以下のようなコメントが寄せられています。
・自己研鑽扱いの勤務時間は今後増えていき、年収の低下や実質労働時間の増加につながる恐れがある。(30代/形成外科/勤務医(診療所・クリニック))
8割以上の医師が、労働時間の過少申告が増えることを懸念
さらに回答医師全体へ、医師の働き方改革の影響によって「労働時間の研鑽化」が増えてしまう懸念について尋ねました。
その結果、全体の84.5%を占める医師が、勤務医の労働時間の過少申告が増えてしまう「労働時間の研鑽化」を懸念していることがわかりました(「大いにそう思う」「そう思う」の割合を合計)。
Q:医師の働き方改革の適用後、本来労働であった業務が自己研鑽とみなされ、結果として勤務医による労働時間の過少申告が増えてしまう可能性はあると思いますか?
医師からは、以下のようなコメントも寄せられています。
・割り当てられた勤務時間が減り、すべて自己研鑽になるだけ。(30代/放射線科/勤務医(国立の大学病院))
・働き方改革によって、元々は時間外を申請できていたものが自己研鑽になった。(20代/血液内科/勤務医(国立の大学病院))
・考えを理解しがたい院長や管理者が多くいるのが実情で、世間一般で労働とみなされる仕事についても「自己研鑽にしなさい」と言われるに決まっている。(60代/消化器内科/勤務医(健診施設や老健など))
・元々日本の医療は医療従事者の自己犠牲で成り立っている部分が大きい。とくにコストの高い医師に対しては、よりいっそう自己犠牲を強いられるケースが多くなると予想します。(40代/総合診療科/勤務医(国立の大学病院))
・医師の働き方改革は、そのための制度としか思えません。(40代/一般内科(訪問診療)/勤務医(診療所・クリニック))
医師が、自身の労働環境に疑問や不満を感じた時の対処法
最後に、勤務先から労働時間の過少申告を強いられる等、自身が置かれている労働環境について医師が疑問を感じた場合の対処法を考えていきます。
自分の労働環境について疑問を感じた時は、適切な第三者に相談しよう
医師は、医学に関する知見や専門的な技術を持っています。
しかし労働基準法等の労働法に関しては、必ずしも専門的な知識や経験があるとは限りません。
そのため職場でトラブルが起きた場合にも、それが違法なものであるのかどうか、判断に迷うこともあるでしょう。
労働条件や職場に関する悩み・迷いなどがある等で困った時には、ご自身の心身を守るためにも適切な窓口や専門家に早めに相談を行うようにしましょう。
労働基準監督署は、明白な法令違反以外のケースではハードルが高い
なお、労働環境や勤務先の対応に疑問を感じた際の相談先といえば、「労働基準監督署」をまず思い浮かべた方が多いのではないでしょうか。
しかし労働基準監督署は平日の日中しか開いていないため、多忙な医師が赴く相談先としては、ややハードルが高い相談先といえます。
また、労働基監督署は法令違反への対応をメインで行っていることから、明白な法令違反の証拠がない場合には深く相談に乗ってもらえない可能性もあります。
そこで今回は、労働基準監督署以外の相談先を2つご紹介します。
相談先①「総合労働相談コーナー」等の公的な相談窓口
勤務先でトラブルが起こったものの、それが「法令違反かどうかわからない」という迷いがある等、労働基監督署に行く前段階での相談をしたい場合には、都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」がオススメです。
この総合労働相談コーナーでは、職場におけるトラブルの相談や法令の基本的な内容などの情報提供、そして法令違反の疑いのある事態の場合には労働基準監督署への取り次ぎまで、ワンストップで行っています。
各都道府県労働局や全国の労働基準監督署内など300か所以上に設置されていますので、アクセスしやすい窓口は以下よりご確認ください。
◆厚生労働省「総合労働相談コーナーのご案内」
また専門知識を持つ相談員が、法令・裁判例をふまえた相談対応や各関係機関の紹介などを行ってくれる「労働条件相談ほっとライン」という電話相談の窓口もあります。
平日の夜間や土日も電話での相談が可能なので、平日の日中に窓口まで赴く時間が取れない医師でも利用しやすい点が大きな特徴です。
◆厚生労働省「労働条件ほっとライン」
その他にも厚生労働省では、「相談窓口を探す」「法令や制度等を知りたい」等、目的に応じた情報を検索できるポータルサイトがありますので、情報収集にお役立てください。
◆厚生労働省「雇用・労働_相談窓口等」
相談先②医師の働き方に詳しい「コンサルタント」
上記のような公的な相談窓口に加えて、医療業界や労働関係法規に対する知見を持ち、客観的な立場からアドバイスをしてくれるエージェントの意見も参考になります。
転職エージェントのコンサルタントの主な業務は、医師の転職活動をサポートすることですが、優れたコンサルタントの場合はより広い範囲の働き方に関する相談相手にもなり得るものです。
ご自身の働き方やご勤務先の対応・処遇に疑問や不満を感じる際は、先生方のより良い働き方の実現や転職成功を数多くサポートしてきた「Dr.転職なび」のコンサルタントを積極的にご活用ください。
◆調査概要「医師の自己研鑽に関するアンケート」
調査日:2024年2月6日~2月13日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
有効回答数:431