過酷な医療現場の働き方に注目が集まっています。
2024年からは、猶予期間にあった医師への長時間労働規制も始まる予定であり、つまり、今は2024年に向け医療現場の働き方を適正化していく過渡期ともいえます。
そんな中、各医療機関で実際にどのような「働き方改革」への取り組みが行われているのでしょうか。
今回は「メディカルトピア草加病院」のケースを紹介いたします。
※編集部より:本記事は当社運営メディア「joy.net」より、過去の記事をピックアップしてお伝えしています。
「法律を守っているだけ」金平院長は逆に戸惑った
働き方改革が最も遅れているのは医療現場である――という認識は、今や一般常識になったといって良い。
厚生労働省の調査によると、病院の常勤勤務医の約4割が、年間960時間(脳・心臓疾患の労災認定基準における時間外労働の基準)を超えて働いており、その2倍にあたる「年間1920時間」超の医師が約1割、3倍の「年間2880時間」超の医師が約2%も存在していた。
厚労省では「医師の働き方改革に関する検討会」において、医師の就労について様々な意見を交わしたが、医療機関からは「重要であることは承知しているが、現実問題として実現させるのは難しい」という声も多く聞こえてくる。
そんなわけで、現場の医師たちも「働き方改革なんて無理でしょ」と諦めているだろうと思っていたのだが、「うちはちゃんとやっていますよ」という病院があり、さっそく話を聞きに伺った。
それが埼玉県草加市にある『メディカルトピア草加病院』である。
院長は「平成のブラック・ジャック」とも「元祖ドクターX」とも呼ばれる金平永二先生。
名医として、あまりにも高名な先生ゆえに、病院はいつ行っても混んでいる印象だが、「時間外労働をしている先生はほとんどいませんよ」と、金平先生も健康管理担当者(以下担当者)も断言する。
産業医面談についても、「うちは法律通りやっているだけです。法律で決められているのに、実施していない病院があることのほうが逆に不思議です。大丈夫なんですか」と首をかしげていた。
多くの病院がやりたくてもできていないことが、どうしてメディカルトピア草加病院では可能なのだろう。
面談する産業医は内部か外部かを選べる仕組み
――長時間勤務はありますか?
金平院長:うちは極端に少ないと思います。夜間の救急受け入れはほとんどありませんし、外来の受付終了時間を厳守しているので、時間外労働自体が少ないからです。
夕方、回診が終わって医局に行くと、ほとんどのドクターは帰宅しており、外科医がぱらぱらと残っているぐらいです。
担当者:25人いる先生方の多くは、終業時間の1分後にはほぼ退出されています。時間外労働は多い方でも週1時間程度です。
――医師対医師の産業医面談は行われていますか?
金平院長:実績はあるようですが、把握していません。というのも、誰がいつどこでやったか等の情報は公開しないシステムになっています。
聞き及んだところでは、ストレスチェック後、問題があったドクターには厳封された通知が渡され、産業医に対して個別にアポを入れるよう指示されるようです。そして誰も知らないところで面談を受ける。
情報が漏れると、誰も面談を受けなくなってしまうかもしれないということで、僕もそれ以上は知りません。
担当者:希望者はもちろん、産業医と面談できるシステムにはなっていますが、非公開で
――面談を受けるのは希望者だけなんですね。
担当者:ストレスチェックは毎年実施していますが、面談を受けるかどうかは結果を見て、ご自身で判断されます。
――それは、面談を必要とされる方が、安心して受けられるようにするための工夫なんですね。システムについてもう少し詳しく教えてください。
金平院長:ダブルスタンダード方式です。ローカルに当院の産業医がカウンセリングをして次に展開していく方法と、うちは上尾中央医科グループ(AMG、埼玉県上尾市)の一員なので、上尾の本部から産業医を紹介してもらい、面談を受ける方法とのいずれかを選ぶことができます。
同じ病院の同僚にカウンセリングされるのは嫌だと感じる方への配慮ですね。
うちの産業医の面談は受けたくないという場合には、外部の、完全な第3者に、守秘義務もしっかりしたなかでカウンセリングしてもらえるので、実績も毎年あります。
――面談後の改善策の実施はどのようにしていますか?
金平院長:労働時間の削減等が必要な医師がいた場合は、残業時間の調整等を行うことにはなっています。ただ、長時間労働自体がないので、今のところ実施したことはありません。
今まで何人かドクターの新陳代謝はありましたが、労働が厳しくて辞めた人は1人もいません。コンセプトが合わなくてとか、ヘッドハンティングされてというのはありましたが、労働環境や条件の問題ではありませんでした。
担当者:産業医が必要と判断すればすぐに就業規制は問題なくかけられるようになっています。
――産業医面談の実施以前に、長時間労働をさせない取り組みが功を奏しているようですね。他の病院では、主に中堅医が、若手医師のフォローのために長時間労働になっているケースが多いようです。患者さんが心配で、若手を一人で当直させられないとか、難しい事態が起きた場合にはオンコールで呼び出されるとか。
金平院長:そうですね。その点、うちは恵まれています。フォローが必要な若手はいないので。安心して任せられるドクターしかいませんから。
担当者:患者さんの満足度も高いです。当直の先生以外にも、常にオンコールで看護師、薬剤師、診療技術技師など、フォロースタッフがかけつけられる体制が整っているので、先生方が長時間労働しなくとも、医療の質は守られています。
金平院長:うちの特色として、手術は腹腔鏡、内視鏡でしかしていないし、技術力も高いので、急変する患者さんがほぼいないのも、過重労働にならない理由でしょうね。
――面談を実施していない病院、長時間労働が是正できない病院についてどう思いますか?
金平院長:それはコンプライアンス違反なのではないですか。うちは病院グループの協議会がしっかりしているので、すり抜けようとしても無理ですね。
とはいえ、なかなか改善が難しい病院の多くは、第3次救急もあるし、日本のリーディングホスピタルの自負もあるでしょう。若い研修医も多くて切磋琢磨するので、帰りにくい環境はあると思います。頑張って努力して、医師としての技量を高めている結果なので、僕には責められない。
また、患者さんが主治医に完全にぶらさがっているような環境だと、重症の場合、ほかのドクターに任せておけないですよね。自分で診ないといけないという責任感もあるので、当直でなくとも、呼ばれれば飛んで行くしかない、
うちはそういう病院と比べると、3次救急もやっていないし、身体を開く手術もしないので、ちゃんと時間通りに帰れる。周辺の大病院からしたら「ずるい」立場かもしれません。
病院スタッフが幸せでなければ質の高い医療は提供できない
メディカルトピア草加病院は、2012年のスタート当初から、医療の安全性を高めることに注力し、「ミスを起こさないように気をつけよう」という精神論ではなく、“To err is human”(人は誰でも間違える)ことを前提に、ミスが起きにくいシステムやチーム作りに取り組んできた。
また、病院の玄関前ロビーに掲げられている「メディカルトピア プリンシプル」の「仲間」という項目に、「自分の幸せと同じように仲間の幸せにも思いを致します」とある通り、金平先生は、患者と同様、スタッフの幸せも大事にしている。
そのスタッフが、長時間労働で疲弊しきるなどということは、医療の質と安全上はもとより、医療の仕事の在り方としても、あってはならないことなのだろう。
内視鏡・腹腔鏡の手術専門で、3次救急の受け入れもしていない病院で、若手の育成もしていないからできるんだと、スルーするのは簡単だが、同じような病院でも、働き方の改善がなされていないところはたくさんある。
ようはトップの覚悟次第。メディカルトピア草加病院を取材して、そう感じた。
文:木原洋美/文章の内容は取材当時(2019年2月)