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〈専門家解説〉現場は「医師の働き方改革」にどう対応すべきか

2024年には「医師の働き方改革」が始まります。

医師の過重負荷の一つである長時間の時間外労働削減や、それに伴う業務の効率化等、医療の現場にはクリアしなければならない様々な課題があるとも言われています。

医師として勤務する傍ら産業医業務を行い、「医師の働き方改革」について研究されている升田茉莉子先生にお話を伺いました。

勤務医・産業医として「医師の働き方改革」を考える

〈プロフィール〉
升田茉莉子 先生
医学博士 産業医 労働衛生コンサルタント 麻酔科専門医  がん治療と仕事の両立支援、医師の働き方改革を研究テーマとしている。大学卒業後麻酔科としてのキャリアを積みながらNTT東日本で専属産業医としての経験も積む。現在がん研有明病院で臨床医として働きながら、産業衛生の現場でも嘱託産業医 公衆衛生学教室での研究にいそしんでいる。企業規模が小さい企業でも治療と仕事の両立ができる世の中になることが夢。

升田先生は医師として病院に勤務する傍ら、産業医としてもご活躍されていますが「医師の働き方改革」についてはどのように捉えていらっしゃいますか。

医師の働き方改革に関する研究や調査等の活動を行っていますが、なかなか奥が深く、課題も多いテーマだと感じています。

例えば、医療機関の経営者と勤務医とでは、医師の働き方改革に対する捉え方は異なるでしょう。

もっといえば、地域医療に携わるかどうか、どんな診療科か、という風に、人それぞれの立場によりこのテーマの捉え方は異なっているからです。

働き方改革は色々な内容を含みますが、産業医としては医師の労働時間に注目しています。

2024年にはいよいよ時間外労働の上限規制がスタートしますが、医療機関における労働時間の削減は大きな課題です。

特に対応が急がれているのは、急性期病院や外科系といった、慢性的に人手が足りない現場の医師だと考えます。

社会的には女性の医師も増えていますが、出産・子育等のライフイベントがある女性では、こうした現場で働き続けることが難しいケースも多いため、人手不足の解決が難しい現状があるのです。

医師の働き方改革を実現について、現場ではどのような課題があるのでしょうか。

一般的な企業と医療機関の働き方は大きく異なる点があります。それは、医師が生命や健康に携わる業務にあたっているということです。

よって、医療の現場では、患者が目の前にいる状態で「勤務時間の上限なので、今日はこれ以上の診察が出来ません(帰ります)、本日の診察時間は終了したので明日来てください」ということが、現実的には非常に難しいという課題があります。

そして、特に労働時間の削減が必要となっている現場は、こうした「なかなか帰ることができない」環境でもあります。

これらを解決するためには、業務の集約・効率化やITの活用をはじめ、タスクシフティング等も活用しつつ進めていくことが必要です。

ですが、これも一朝一夕にはいかない現実がありますし、解決が出来ないまま無理に勤務時間削減を進めると患者に迷惑が掛かかってしまう恐れもあります。これは医師にとっても辛いことだと感じます。

また、2024年施行予定の医師の働き方改革では、一定の条件を満たせば年間の時間外労働の上限が1860時間というルールがありますが、これも他の業界と比べて医療界が特殊であり、労働時間の削減がすぐ実現できない現状が反映さていると思います。

しかし、実態として「これくらい働かないと仕事をこなせない」といった事情や、医師にとっては「労働の時間と自己研鑽の時間の区別が難しい」という問題も、現場にはあるわけです。

現場の課題解決には「医師の意識改革」も欠かせない

では、医師の労働時間の削減について、升田先生がお勤めの医療機関では、どのような取り組みをされていますか。

私の勤務先では、各種の取組みによって課題を解決させようと取り組んでおります。

働き方改革を実現するために、外科系の医師の当直スケジュールを早めに作ることで、当直明けには手術の予定を入れないようにする、その他、外来にも病棟にもクラークを導入し、医師が事務的な作業から離れられる体制を作るなど、様々な施策に取り組んでいます。

私が働く医療機関ではこうした働き方改革を実行するうえでどういった取り組みができるかについて、現場の意見を集めるため各診療科から人を出してもらい、意見を集めて検討、決定された事項を参加した医師が現場に持ち帰るというやり方をとりました。

管理者が方法を考えて上から押し付けるのではなく、現場の意見を吸い上げるというボトムアップのやり方を採用したので現実に沿った施策が取れていると思います。

これら様々な取組みを行っている結果、医師一人当たりおよそ10~12時間の勤務時間削減につながっている外科系の科もあります

当院は外科系でも乳腺外科、麻酔科を中心に女性医師が多く働いており、子育てをしながら働いている医師も多いです。

また、育児時間や小学校にあがるまでの児童を育てる職員への短時間勤務制度が医師にも整備されており、活用もされてきております。

今までは、制度があっても医師がそれを使うことは急性期病院、高度先進医療を担う病院で働く医師の常識ではなかったように感じておりますが、そのあたりも今後は変わっていくのかもしれません。

私が働く医療機関では労働時間に限らず職員の健康を守る意識が高く、今年健康経営優良法人を獲得しました。

このように高度医療を提供する医療機関でも職員の健康、働き方に配慮する動きはでてきており、今後人材獲得の視点からも、患者さんファーストであるためには職員の健康が重要であるという考えが広まっていくことに期待しております。

医療機関は、まずどのようなところから労働時間の削減に着手すればよろしいでしょうか。

まずは医師の労働時間を適切に把握することが大切であり、それをもとに、対策を考える必要があります。

医療機関によってはいまだにタイムカードが存在しない、あっても適当に押しているなど勤怠管理がきちんと行われていないところもあるようですが、今後はより細かく勤怠の管理を行っていくことが求められます。

また、人手不足に困っている病院ほど、すでに労働時間の適切な把握や、働き方改革への取組みが始まっているということも聞いています。

そうした病院の中には働き方の見直しにより、「子育て中の医師には週3日勤務で時間外労働もなし」という条件を用意する医療機関も出てきました。そういった条件を用意できる医療機関では女性医師が集まり、人出が足りている安心感からさらに人が集まってくる好循環が生まれていると聞いております。

医療機関においては模索が続いているところもあると思いますが、私が救急救命の医師向けに行ったヒアリングでは「働き方改革が必要だ」という回答も多く、現場からの期待の高まりも感じました。

救急救命では、学会全体でも労働時間について課題として捉えており、人材獲得のためにも、また救急救命医師の健康が損なわれないためにも、産業保健の講習の必要性が検討会で提言されています。

多様な働き方を採用している病院でなければ、若手の医師が集まらなくなり、自分たちも“ジリ貧”になってしまうという危機感もあるようですので、医療機関の経営側と現場の医師それぞれが働き方改革を進めていく必要があります。

また「医師の働き方改革」は、単に医師の労働時間を削減することが目的ではく、その本意は患者さんに提供する医療の質を高めるためのものであることも忘れてはいけません。

ただ労働時間を減らせばいいという意識ですと他の業界でもみられるタイムカードを改ざんさせて取り繕うなどということが起こりかねないのではと危惧しております。

医師側の課題はどのようなものであるとお考えですか。

医師には「働き方改革についてもっと興味を持ち、知識を得てほしい」と考えています。

医師の労働を研究するにあたり、アンケート等いくつかの調査を行いましたが、そこで私が感じたのは、医師の働き方改革についてそもそも「あまりよく知られていない」ということでした。

よって、医療機関経営側はもちろんですが、医師自身も働き方改革に関する知識を自ら入手し、意識を向上させていくことが欠かせません。

今後さらに医師の高齢化や女性医師の増加が進み、さまざまな医師が働き続けられる環境を築かなければ、人手不足の問題は解決できないでしょう。

また、若手医師が働き続けられる環境の構築には、パワハラ等のハラスメント諸問題も解決していく必要があります。

2024年の法施行まで、時間は残り少なくなりました。

これらの課題を解決しないことには、本質的な働き方改革を実現することは難しいと考えられますので、まずは医療機関の経営者・現場医師の双方がこのテーマについてよく知り、考えていくことが大切です。

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