医師の引継ぎで多いトラブルは、カルテ記載の不十分さや患者への説明不足などです。348名の医師が「不満を感じた」と回答し、特にカルテの経過や処方理由が明確でない点が指摘されています。円滑な引継ぎには、明確な情報整理、患者との信頼関係の構築、最後まで責任を持つ姿勢が重要です。これにより後任医師の負担を軽減し、患者の安心を確保することができます。
本記事では会員医師に348名に聞いたアンケート結果の中から、実際にあった引継ぎの失敗事例と、円満退職に向けて実践したい引継ぎのポイントをご紹介します。
後任医師を困らせる…引継ぎでやってはいけない「失敗事例」
引継ぎは、前任者から後任者へのバトンタッチに例えることができます。
可能な限りスムーズにバトンを渡したいところですが、あくまで「人から人への伝達」であるため誤解や問題などのトラブルが発生してしまいがちです。
では 医師の引継ぎでは、どのようなトラブルが多いのでしょうか。
実際に後任医師として引継ぎを受けた医師348名に伺った、引継ぎで困った事例をみていきましょう。
60.9%の医師は、引継ぎに不満を感じたことがある
これまで受けた引継ぎに対して不満を感じたことがあるか尋ねた質問では、6割以上の医師が「不満を感じた経験がある」と回答しています。
Q:異動や退職をする方からの引継ぎで、不満を感じたことはありますか?
多くの後任医師が「カルテ記載が不十分なこと」に困っている
引継ぎで不満を感じた経験のある医師に どんなことに不満を感じたのか尋ねたところ、「経過や処方理由など、カルテ記載が不十分だった(回答数:147)」という理由が突出して多くなっています。
次いで「診断やカルテ記載に相違があった(回答数:82)」「手書きや独特な略語などで、カルテ記載が分かりづらかった(回答数:63)」と、カルテ記載に関する選択肢が多く挙げられています。
これらの結果から、患者様の状態や経過の詳細を記したカルテは、医師の引継ぎにおいて特に重要なものであることが分かります。
◆カルテの内容を理解するのに手間がかかる
・カルテが長すぎる。(30代/勤務医(一般病院))
・紙カルテの場合「達筆」すぎて読めないと、解読に時間を取られて大変困ってしまいます。(30代/勤務医(一般病院))
◆サマリーやカルテへの記載が不十分、サマリーが無い
・引き継ぎサマリーが、病名だけの先生がおられました。それはあんまりです。(40代/勤務医(一般病院))
・前任者が「半抜糸してから全抜糸します。」と説明していたようだが、カルテには全くその記載がされていなかったため全抜糸してしまった。当然患者様からは、「半抜糸するとしか聞いていない。傷が開いたらどうしてくれるのか。」と大揉めになってしまった。(40代/勤務医(診療所・クリニック))
・サマリーが無く、特に長期通院の患者様の状況を把握するのが大変だった。(40代/勤務医(診療所・クリニック))
◆診断や治療方針、処方の根拠が不明
・処方している理由・処方を中止した理由について、記載がカルテに記載がない。(30代/勤務医(大学病院))
・感染症例やガイドラインに準じていない治療をしており、遡っても理由がわからない。(30代/勤務医(非常勤のみ))
・自分のスタイルで診断を下していた前任者。なぜその診断に至ったのか、全く理解不明。(30代/勤務医(診療所・クリニック))
また、カルテの記載に関する選択肢に次いで多く挙げられているのは「異動や退職について、患者様への説明が十分されていなかった(回答数:61)」です。
前任者と患者様とのコミュニケーションが不足していたことでトラブルが発生してしまい、後任医師の不満に繋がるケースも少なくないようです。
◆異動や退職について、患者様への説明が十分でない
・前任者が患者様に退職を全く伝えておらず、前任者のファンのような方から担当初日に激怒されたことがあります。(30代/勤務医(一般病院))
・異動で担当が変わる事自体が説明されていないと、初対面時に全く信頼がおかれない。(40代/勤務医(一般病院))
・問題児のドクターが「次の先生は大学からくるので(自分のこと)、臨床実験段階にある最先端遺伝子治療が受けられる」とありえない嘘を患者に吹き込み、辞めていった。そのせいで、期待でいっぱいになった患者さんへの対応に本当に苦労させられた。(50代/勤務医(一般病院))
◆患者様や患者様家族に対する病状の説明が十分でない
・前任から患者へ説明している内容とカルテ記載の内容が、あまりに違いすぎた。(50代/勤務医(非常勤のみ))
・患者の状態が悪化している中、家族の面会頻度が少ないにも関わらず患者様家族への説明もなく、自分の異動についても告げていなかった。最終的に患者の最期を経緯とともに私が説明することになった。(50代/勤務医(診療所・クリニック))
また、「引継ぎ自体が無かった(回答数:53)」という声も挙がっています。
・仕方ないのですが、前任者がインフルエンザになってしまったため、引き継ぎゼロで対応したことがあります。(40代/勤務医(一般病院))
病気になってしまった、退職まで残された時間が少ないなど 様々な事情はあるかと思いますが、後任医師の負担を軽減するためにも引継ぎはなるべく余裕をもって計画的に進めていけると良いでしょう。
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円満退職をするために意識したい!「好印象な引継ぎ」のポイント
続いて先生方から寄せられた声をもとに、トラブルを回避し円満に退職するために「引継ぎで実践しておきたいポイント」を読み解いていきましょう。
後任医師は、正確で十分な「情報共有」と「患者様への説明」を期待している
そもそも引継ぎの際、後任医師は前任者にどのようなことを期待するのでしょうか。
Q:円滑な引継ぎのために、異動や退職をする方に期待することはどんなことですか?(複数選択可)
今回のアンケート結果においては、「カルテは、客観的に誰が見ても理解できる内容で記載する(回答数:232)」が最も多くなっています。
全体的にみてみると、カルテ記載に関する選択肢が上位を占めており、次いで患者様とのコミュニケーションに関する選択肢が続いています。
これらの結果から後任医師は、患者様の継続加療のために必要となる正確な情報提供と、今後信頼関係を構築していくにあたっての土台作りを前任者に望んでいることが伺われます。
円満退職をするために意識したい!「好印象な引継ぎ」のポイント
ここからは 医師から寄せられた具体的な事例を交えながら、引継ぎを成功させるためのポイントを3つご紹介していきます。
円満退職に向けた引継ぎのポイント①情報を整理し、誰にでも分かりやすく記載する
まず押さえておきたいポイントは、患者様や業務に関する情報整理と引継ぎのための資料作成です。
「患者様のことを記載したカルテがあるのだから、別で資料を作成しなくても良いのでは?」と考える方もいるかもしれません。
しかし、引継ぎにおける情報提供では「誰が見ても十分に理解できる」ことが重要です。
・カルテは複数の職種の人々が見るものなので、他者が読んで分かるものであるかどうかを意識して記載しています。(40代/勤務医(一般病院))
ご自身のカルテ記載は、自分以外の医師や看護師、コメディカルや事務スタッフなどが見たときにも患者様の経過や状態などを正しく把握・理解できる内容となっているでしょうか。
▼「好印象な引継ぎ資料」の事例
・病歴・経過、薬歴・副反応情報、合併症などの情報を漏れなく、簡潔・丁寧に記録。(50代/勤務医(一般病院))
・経過や患者様に説明した今後の方針などが、カルテにしっかりと記載されていた。(50代/勤務医(健診施設や老健など))
カルテとは別に「引継ぎサマリー」を作成する医師も多いようですが、様々な事情からサマリーを作れずにカルテを引継ぎ資料とするケースもあるでしょう。
その場合は、第三者的な視点からカルテの内容を振り返り、過不足があれば引継ぎまでに修正しておきたいところです。
また、「タスクが可視化されていると親切」といったコメントも複数の医師から寄せられています。
確認や対応が必要な内容が明確になっていることで、後任医師は引継ぎ後の業務を具体的にイメージしやすくなり、安心感を得られるでしょう。
・患者リストを作成し、患者ごとに直近で行うことをまとめておく。(40代/勤務医(一般病院))
・何の検査が結果待ちとなっているか等が、後任者に分かりやすくしておく。(30代/勤務医(大学病院))
円満退職に向けた引継ぎのポイント②後任医師と患者様の信頼関係構築をサポートする
次のポイントは、後任医師と引き継ぐ患者様との関係構築の支援をするという姿勢を見せ、実践していくことです。
上述の「困った引継ぎ事例」でもご紹介したように、前任者である医師から十分な説明がされないまま担当医師や治療方針が変わってしまうと、患者様は大きな不安や不満を感じてしまいます。
自身が退職した後のトラブルを未然に防ぐためにも異動や退職、今後の治療方針などについては 可能な限り前任者から患者様へ直接説明することを心がけましょう。
・患者様には退職が決まった段階で説明。次の医師になること、同様の医療を提供する旨をお話しています。(40代/勤務医(非常勤のみ))
・新・旧の主治医2人と患者様・ご家族様で面談して、引継ぎを行う。(50代/勤務医(一般病院))
・ガイドラインに則れない範疇の(標準治療外のもの、希少症例で治療法が確立されていないもの)治療方針の場合は、できるだけ細かくその方針を取った理由を記載するようにしている。患者側にも、そういった治療方針は個々の医師の経験に則るし、状況に応じて治療方針が変わりうると前もって説明している。(30代/勤務医(大学病院))
またトラブルに発展してしまうかもしれない懸念事項や不安要素がある場合にも、後任医師に共有しておきましょう。
・サマリーのほか、カルテに書くべきではないかもしれない本音(これまでにこじれたやり取りや、医学的には妥当でないかもしれないが有力と思われる方針)などをカルテ外にまとめておいてくれていたものは、ありがたかった。(30代/勤務医(大学病院))
・医学的なことより、トラブルになりそうな内容について細かく書くようにしています。(50代/勤務医(一般病院))
自身が退職したのちも後任医師と患者様の双方がスムーズにコミュニケーションを取り、信頼関係を築きながら加療していくためには、どのような情報や支援が必要か。
引継ぎを受ける相手の立場になって考え、実践していくと良いでしょう。
円満退職に向けた引継ぎのポイント③最後まで責任をもって仕事に取り組む
最後に押さえておきたいポイントは、退職するその時まで 医師としての責務を果たすということです。
退職を控えた状況での引継ぎ業務は負担もありますが、「どうせ退職するのだから…」と投げやりになったり手を抜いてしまったりすると、周囲からの不信を買ってしまいます。
医師の世界は特に狭いと言われており、どこで誰と繋がっているか分かりません。
退職後の付き合いも考えて、お世話になった方々への感謝の意を表しながら、最後まで真摯に診療に取り組む姿勢を貫くように心がけましょう。
・治療方針を後任医師に丸投げせず、退職前に決定しておく。(40代/勤務医(一般病院))
・しっかりと自分の言葉で、関わったスタッフの方全員に感謝の気持ちを伝える。(20代/勤務医(診療所・クリニック))
以上、実際にあった引継ぎの失敗事例、トラブルを回避して円満退職するための引継ぎのポイントをご紹介しました。
円満退職を希望する医師にとって、患者様や業務の引継ぎを滞りなく進めることは最も重要なタスクといえます。
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◆調査概要「業務や患者様の引継ぎに関するエピソード」
調査日:2023年1月24日~1月31日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
有効回答数:348