求人票でよく目にする、「社会保険完備」という言葉。
社会保険に加入できる=福利厚生が充実した良い職場、雇用が安定した職場というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
本稿では 労働問題と社会保険制度の専門家である社会保険労務士の舘野 聡子先生に、医師が知っておきたい社会保険の概要や加入するメリットなどについて聞きました。
舘野 聡子(たての さとこ)
株式会社イソシア 代表取締役
同志社大学 法学部 法律学科 卒業。
特定社会保険労務士/医療労務コンサルタント/シニア産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント/公認心理師などの資格を多数保有。
民間企業に勤務後、社労士事務所に勤務。その後2015年に社労士として独立開業し、現在に至る。
社労士としての法律知識と具体的な手続きを踏まえた上で、産業保健全般やメンタルヘルス対応・対策、ハラスメント対応・対策づくり等を担当している。
そもそも、社会保険って何?
編集部:早速ですが、社会保険とはどのようなものなのでしょう?
舘野:広い意味では、公的医療保険、年金保険、労働保険(労災保険+雇用保険)を合わせて社会保険といいます。
狭義では、医療保険である健康保険と年金保険である厚生年金保険のことを指します。
編集部:医師の求人票などに記載されている社会保険というのは、後者の健康保険と厚生年金という認識で良いでしょうか?
舘野:そうですね。
「社保(社会保険)完備」といった表現の場合には、健康保険と厚生年金という意味合いで使われているものだと思います。
医師が入る健康保険は、どのように決まる?
編集部:社会保険を構成する要素の1つである健康保険とは、どのようなものですか?
舘野:健康保険は、病気やケガの治療にかかる一人当たりの医療費の負担を減らすことを目的とした公的な医療保険制度です。
日本の公的医療保険制度は「国民皆保険制度」といって、原則すべての国民は何らかの健康保険に加入することが義務となっています。
健康保険には、社会保険・国民健康保険・後期高齢者医療制度という3つの種類があり、どの健康保険に加入するかは勤務先や年齢の要件によって決まります。
医師が入る健康保険①社会保険
社会保険は、会社員や公務員、教職員と、その扶養家族が加入できる健康保険です。
株式会社などの法人の事業所(事業主のみの場合を含む)、および従業員が常時5人以上いる個人の事業所(農林漁業、サービス業などの場合を除く)は、この社会保険の強制適用事業所となります。
つまり常勤医師の場合は、上記のような要件を満たす社会保険の適用事業所に入職することで社会保険に加入できます。
さらにこの社会保険は、勤務先によって以下の3つに分類されます。
①-1協会けんぽ
全国健康保険協会が運営している保険組合で、中小企業の従業員とその扶養家族が加入対象です。
多くの中小企業や医療機関も加入する日本最大の社会保険で、病院などで働く勤務医はこの協会けんぽに加入するケースが多いでしょう。
①-2組合健保(組合管掌健康保険)
常に700人以上の従業員がいる大企業や各種事業者団体が設立・運営する保険組合です。
その企業や団体の従業員と、その扶養家族が加入できます。
①-3共済組合
国家公務員や地方公務員、私立学校など職種や地域ごとの保険組合です。
職員とその扶養家族が加入対象となります。
医師が入る健康保険②国民健康保険
自治体または特定の組合が保険者となり、自営業やフリーランス、年金生活者、非正規雇用者などとその家族が加入する公的医療保険制度です。
社会保険(上述①)や、後期高齢者医療制度(後述③)に加入していないすべての人が加入対象となります。
この国民健康保険は、「市町村国保」と「国保組合」に分類されます。
②-1 市町村国保
都道府県と市町村が運営している保険組合で、その地域に住む社会保険・国保組合のいずれにも未加入の人が加入します。
社会保険の加入条件をみたさず、医師国保にも加入しない医師は、基本的には市長村国保に加入することになります。
②-2 国保組合(国民健康保険組合)
職種や地域ごとに運営される保険組合で、個人事業所を対象に、同種の事業や業務に従事する人とその家族が加入できます。
各都道府県の医師会が運営する医師国保も、この組合国保のひとつです。
従業員5名以下のクリニックなどで働く常勤医師は、この医師国保に加入するケースが多いでしょう。
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医師が入る健康保険③後期高齢者医療制度
75歳(寝たきり等の場合は65歳)以上の方が加入する医療制度です。
都道府県単位で設置されている後期高齢者医療広域連合が主体(保険者)となって、市町村と協力して運営しています。
医師が社会保険に入る3つのメリットとは?
編集部:健康保険には、さまざまな種類があるのですね。
その中でも、社会保険への加入を希望する医師が多いのはなぜでしょうか。
医師が社会保険に入るメリット①国民健康保険より給付が充実している
舘野:おそらく自分にとってのメリットが大きいか小さいかは、納める保険料に対して、どのくらいのものを受け取れるのかというところで判断する方が多いのかなと思います。
そういった視点で見たときに、「社会保険は、受け取れるものが多い」というイメージを持つ方が多いのかもしれません。
健康保険では、被保険者やそのご家族が病気やケガ、出産、死亡をした場合、医師による診療が提供されたり、定められた各種の給付金が支給されたりします。
これらの給付金のことを、保険給付(以下 給付)と呼びます。
この給付は、国民健康保険よりも社会保険の方が充実している傾向があります。
具体的には、社会保険では、出産時や万一のけがや病気で長期間就業不能となった場合でも出産手当金や傷病手当金といった給付を受け取ることができます。
一方の国民健康保険では、出産手当金や傷病手当金といった給付は任意給付のため基本的には支給されません。
編集部:万一のときの備えがあると、安心して働くことができますよね。
それでは、保険給付は社会保険が一番充実しているという認識で良いでしょうか?
医師国保も、独自の追加給付が充実しているケースがある
舘野:いえ、実はそうとも言い切れないのです。
例えば、各都道府県の医師会が運営する医師国保では、その医師国保独自の給付をプラスアルファで設定しているケースがあります。
詳しくは各医師国保のホームページなどで確認いただければと思いますが、医師国保と社会保険の給付内容を比べてみると、それほど大きな違いはみられない印象ですね。
編集部:なるほど。医師国保によっては、給付が充実しているケースも実はあるのですね。
ここまで伺った給付内容のほかにも、社会保険とそれ以外の健康保険で異なる点はありますか?
医師が社会保険に入るメリット②将来受け取る年金額が多くなる
舘野:その他の違いでいうと、社会保険とそれ以外の健康保険では加入する年金保険の種類が異なります。
加入する健康保険と年金保険の組み合わせは、固定で決められていて、具体的には以下のようになります。
・社会保険に加入→厚生年金に加入
・国民健康保険または医師国保に加入→国民年金に加入
編集部:なるほど、組み合わせが決まっているのですね。
なお厚生年金と国民年金では、どちらの方が多く年金を受け取れるのでしょうか?
舘野:受け取れる年金の金額 でいうと、厚生年金に加入している方が圧倒的に多いですね。
一方で、納める保険料の額は年収に比例して増えるという特徴もあります。
公的年金で支給される年金には、老齢年金・遺族年金・障害年金という3種類があるのですが、今回は老齢年金と障害年金に注目してご説明しますね。
厚生年金に加入の場合、老齢基礎年金と老齢厚生年金を両方受け取れる
65歳以上の被保険者に支給される年金のことを、老齢年金といいます。
老齢年金には、以下の2種類があります。
◆老齢基礎年金
・国民年金に10年以上加入した被保険者が受け取れる
◆老齢厚生年金
・老齢基礎年金の受給資格を満たした厚生年金の被保険者が、上乗せして受け取れる
つまり厚生年金に加入している場合は、全国民共通で受給できる老齢基礎年金と、在職中の給与額に基づいて算出された報酬比例分の老齢厚生年金の両方を受け取ることができるということです。
編集部:なるほど。65歳から受け取れる老齢年金では、厚生年金に加入している方が多く受け取れるのですね。
その他の給付についてはいかがでしょうか?
障害年金についても、厚生年金は給付が充実している
舘野:病気やケガで働けなくなったり、生活に支障が出てしまったりした時に支給される年金を、障害年金といいます。
この障害年金には、障害基礎年金・障害厚生年金という2種類があります。
◆障害基礎年金
・国民年金に加入している間に初診日のある病気やケガで、法令により定められた障害等級表(1級・2級)による障害の状態にある場合に年金が支給される。
◆障害厚生年金
・厚生年金に加入している間に初診日のある病気やケガで、障害基礎年金の1級または2級に該当する障害の状態になった場合に障害基礎年金に上乗せして年金が支給される。
・障害の状態が2級に該当しない軽い程度の障害のときは、3級の障害厚生年金が支給される。
・初診日から5年以内に病気やけがが治り、障害厚生年金を受けるよりも軽い障害が残ったときには、障害手当金(一時金)が支給される。
編集部:障害年金についても、国民年金より厚生年金の方が手厚い給付内容となっているのですね。
どちらの年金に加入するかによって、将来や不測の事態への備えが大きく変わってくるように感じます。
舘野:そうですね。
病院で勤務している医師は、今まで厚生年金保険へ加入している場合が大半です。
そのため、次の職場でも厚生年金に継続加入できる社会保険完備の勤務先で働きたいと考える方が多いのだと思います。
医師が社会保険に入るメリット③保険料を勤務先が負担してくれる
編集部:社会保険は給付や万が一のときの保障も充実しているようですが、その分高い保険料を納めないといけないのでしょうか?
舘野:保険料も、加入する健康保険によって金額や支払い方式が異なります。
今回は、医師が加入するケースが多い国民健康保険と医師国保、そして社会保険の保険料について確認してみましょう。
国民健康保険の保険料は、報酬に比例して決まる
国民健康保険の保険料は報酬比例で、所得が高くなればなるほど保険料も高くなります。
医師は特に年収が高い職種なので、その分保険料も高額となる可能性があるでしょう。
医師国保の保険料は定額
医師国保は保険料が定額なので、年収がいくらになっても納める金額は変わりません。
社会保険の保険料は報酬比例だが、勤務先と折半して負担する
社会保険も報酬比例の保険料ですが、国民健康保険との大きな違いは被保険者と会社の両者で折半して負担をします。
つまり、被保険者の保険料負担は半分になるということです。
編集部:医師は年収が高い分、報酬比例で保険料が決まる場合は収入に占める保険料の割合が高くなるケースがあるのですね。
その点 社会保険であれば、勤務先が保険料の半分を負担してくれる。
この点を「大きな魅力」と感じる医師は多そうですね。
社会保険への加入を希望する医師が、医療機関へ確認すべきポイントは?
編集部:最後に、医師が社会保険の加入を希望する際に行っておきたいことや気を付けたいポイントがあればお聞かせいただけますか?
医師が確認すべきこと①検討している医療機関は、社会保険の適用事業所か?
舘野:社会保険への加入を希望する場合、まずはその医療機関が社会保険の適用事業所であるか確認しましょう。
もし適用事業所となっていない場合には、いくら医師が希望しても社会保険に加入することはできません。
社会保険の適用事業所(強制適用事業所)とは?
編集部:適用事業所とは、どのような事業所のことをいうのでしょうか?
舘野:以下のような医療機関は、法律によって、社会保険への加入が必須と定められている事業所(強制適用事業所)となります。
この条件を満たす医療機関で常勤として勤務する場合は、使用者などの意思に関係なく必ず社会保険への加入が必要です。
・農林漁業、サービス業など以外で常時5人以上の従業員がいる事業所
・国、地方公共団体、法人で、常時従業員を使用する事業所
特に個人経営のクリニックなどは、従業員数によって社会保険完備の場合とそうでない場合がありますので、注意が必要です。
医師が確認すべきこと②自分の雇用条件は、社会保険の加入条件を満たしているか?
適用事業所であることが確認できたら、続いて自分が社会保険の加入要件をクリアしているか確認しましょう。
社会保険の加入条件とは?
編集部:具体的には、どのような要件をクリアしていれば良いのでしょうか?
舘野:社会保険の加入条件は、以下の通りです。
・常時雇用されている従業員
・週の所定労働時間が常時雇用されている従業員の4分の3以上かつ1ヵ月の所定労働日数が常時雇用されている従業員の4分の3以上である者
なお非常勤医師の場合でも、事業所と常用的使用関係にあり、1週間の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が 同じ事業所で同様の業務に従事している通常の労働者の4分の3以上である場合は、社会保険の加入対象となります。
もしも加入要件に満たない場合は、入職前に調整の相談を
編集部:Dr.転職なびでは、医師から「週4日勤務でも、社会保険に入れますか?」というお問い合わせをいただくこともあるようなのですが、この場合はいかがでしょうか。
舘野:なるほど。
週4日などの勤務日数が少ない場合、労働時間がほかの常勤医師の4分の3に満たないというケースもありますよね。
このような場合は 少し勤務時間を増やすなど、常勤医師の労働時間の4分の3を超える働き方に調整できないか、医療機関に相談してみるのが良いと思います。
そしてこのような相談は、入職する前に行うことをお勧めします。
今在籍している常勤の先生方は、何時間働いているのか。
就業規則では、所定労働時間は何時間と記載されているのか。
そして社会保険の加入可否については、ぜひ入職する前に相談や確認をしておきたいところです。
編集部:入職前というタイミングで社会保険について問い合わせをすることに、少し気後れしてしまったり、遠慮してしまったりする方もいらっしゃる気もしますが…。
舘野:そうですよね。
でも、社会保険について確認や相談をすること自体は決して悪いことではないのですよ。
もしも医療機関側がきちんと問い合わせに対応してくれない場合には、将来的にも長い付き合いが難しい勤務先かもしれない とも捉えられますよね。
まだ入職していない医師に対してもきちんと相談に乗ってくれる、誠意のある対応をしてくれる医療機関であれば、実際に働くことになった場合にも良好な関係を築くことができるのではないでしょうか。
編集部:確かにそうですね。
もし直接問い合わせしづらい場合には、転職エージェントのコンサルタントに依頼するのも1つの方法かと思います。
私たち「Dr.転職なび」には、医療機関への交渉経験も豊富なコンサルタントが多く在籍していますので、何かお困りごとがあればご相談いただければと思います。
参照)
日本年金機構「適用事業所と被保険者」
日本年金機構「年金の制度・手続き_障害年金」
日本年金機構「老齢年金」
日本年金機構「障害年金」