医療訴訟は2004年にピークを迎え、その後減少でしたが、再び増加傾向にあります。原因としては、インターネットによる情報増加、訴訟への理解向上、医療技術の進展によるリスク増加が挙げられます。裁判は平均2年かかり、多くは和解で終了しました。医療機関は賠償責任保険に加入しており、個人の医師も保険が必要です。また、転職時には保険内容を確認し、不測の事態に備えることが重要です。
本記事では、医療機関あるいは医師個人で加入した場合の保険の違いと、保健加入時の注意事項などを紹介します。
医療訴訟の増加要因と裁判の要点
医療訴訟の件数
最高裁判所の公表するデータ(※)によると、医療関係の訴訟事件の件数は2004年に1,110件とピークを迎えています。
その後は2009年に732件まで減少しましたが、近年は再び増加傾向にあり、2016年は870件、2017年では857件と、2013年以降は800件台を推移しています。
なお、ここに示されているのはあくまで訴訟に発展した件数のみですので、この他にも訴訟まで行かずに、示談となったケースもあることが考えられます。
医療訴訟の増加要因とは
前述した医療訴訟の件数は、コロナ禍となった2020年には減少に転じていたといわれています。
人流や社会活動が復帰しつつある昨今では、あらためて医療訴訟の増加について考える必要もあります。
では、実際に医療訴訟が増える原因や背景とはどのようなものでしょうか。
考えられる増加の原因を挙げてみます。
医療訴訟増加の背景①インターネットの普及で患者側の情報源が増えた
インターネットが普及する以前では、医師や医療機関以外から疾患や治療法について情報を得ることは患者にとって難しいのが現実でした。
しかし現在は、インターネットが普及したことにより、疾患や治療経験者のブログなどをはじめ、患者自身が専門的な情報を集めることが可能になりました。
医療訴訟増加の背景②訴訟に対する周囲の理解を得やすくなった
医療訴訟に対する認知度が高まり、メディアなどで頻繁に取り上げられていることから医療訴訟の件数が増加したと考えられます。
医療訴訟増加の背景③医療技術の発展に伴い、副作用や合併症のリスクが高まった
近年では医療技術の発展により、新しい医療機器や医薬品が急増しています。
そうした最新の治療法は高い効果を期待できますが、もちろんリスクも伴います。
医療機関はそういったリスクについて事前に患者に説明し、同意を得ていますが、実際に重大な副作用や死亡という結果になってしまった場合、訴訟に発展するケースもあるようです。
医療訴訟における裁判
医療訴訟に発展した場合、審理の期間は平均で2年ほどかかります。また、訴訟の約半数は和解になりますが、それ以外のおよそ4割が判決へ進みます。
ここ数年で、医療機関側が敗訴になるケースは2割程度で、割合としてはそこまで高くはありません。
しかし勝訴したとしても、2年間を裁判に拘束されるのは、医師として心身共に苦しい期間になることは間違いありません。
被告側には精神的な負担もかかるため、訴訟前に医療機関との示談という形で終わらせるケースも多いようです。
このような訴訟を避けるには、患者側に予め診療内容の説明を徹底することが重要であると言えます。
また、万が一訴訟になった場合、実際の審理はカルテを元に進められるため「何をどのように説明したか」「それぞれの医療行為について納得を得られたかどうか」「誰に(患者もしくは患者の家族になど)納得してもらったか」などを具体的に記録として残しておくことが裁判のポイントになるでしょう。
病院賠償責任保険と医師賠償責任保険の費用・補償内容
医療機関が加入する「病院賠償責任保険」
医療機関が加入している賠償責任保険は、「病院賠償責任保険」と呼ばれ、病院や診療所の開設者が被保険者になります。
病院賠償責任保険の保険料は、病床数や種類、過去の損害の状況などによって変わります。
現在は、東京海上日動、三井住友海上、損保ジャパン等の保険会社が商品を扱っています。
病院賠償責任保険は、学会や同窓会などの団体を通して加入すると、保険料の割引サービスが利用できる場合がありますので確認しておきましょう。
病院賠償責任保険では、損害賠償金の補償限度額は1事故あたり最大1億円、年間1億円とされています。
また、過去の医療事故の訴訟にも対応するために「保険期間中」という期間を設けています。一般のタイプの保険料は年間5万円台が多く、団体の割引が効く場合は4万円台が中心です。
最大補償の契約では、1事故あたりの補償限度額は2億円で、保険期間中であれば6億円までの支払いが可能です。
開業医が加入する「医師賠償責任保険」
かつての医療事故の賠償は病院が加入する保険でカバーできましたが、近年では医療訴訟の件数が増加し賠償額も増えたために、病院側の保険だけでは賄いきれなくなってきました。
経営不振の医療機関で訴訟が起きた際には、支払い能力がないため医師個人も訴訟の対象になることがあります。また、保険の契約内容によっては医師個人の責任まで賄えないという場合もあります。
特に病院の経営が悪化している場合では、原告側が病院からのみでは十分な賠償金が得られないことから、医師個人も訴えるケースが見られます。
「日本医師会医師賠償責任保険」は、日本医師会の会員であれば個人でも加入でき、開業医であれば自動的に加入するシステムになっています。
1事故あたりの補償限度額は1億円で、保険料は医師会費から支払われますが、金額は会員の分類によって異なります。
医師会の賠償責任保険は、医師の退会あるいは死亡した場合等に「特例事項」という保険の期間を10年後まで延長することもできます。
勤務医が加入する「勤務医賠償責任保険」
最近では勤務医を対象にした「勤務医賠償責任保険」も注目されています。
多くの賠償責任保険では、非常勤やアルバイトの医師でも加入でき、標榜科目以外で診療を行った際にも補償されることがあります。
1事故あたりの補償額が2億円(保険期間中は6億円)のタイプであれば安心ですが、保険会社によっては3千万円からのコースもあります。
保険会社で商品が異なるため、詳細はそれぞれの会社に確認しましょう。
おすすめの賠償責任保険を紹介している学会もあるので参考にするのも良いでしょう。
医師転職の際は賠償責任保険にも注意しよう
転職や転勤などで勤務先の医療機関が変わったり、アルバイトで新しい職場が増えたりした時には、万が一に備えて勤務先の賠償責任保険の加入状況について調べる必要があります。
日本医師会医療賠償責任保険に加入している医師は、転職後も補償は変わりませんが、訴訟の内容によっては賠償金額のすべてを賄えないことがあります。
また、勤務医から開業医へと立場が変わる場合も、医師賠償責任保険の見直しが必要です。
それぞれの状況に合った医師賠償責任保険を選び、不測の事態に備えておくことが大切です。
転職を考えている方は、専任の転職エージェントに賠償責任保険についても問い合わせてみましょう。
希望している勤務先が加入している賠償責任保険について、エージェントから確認することができます。