厚生労働省の「令和3年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、現在メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合は59.2%と全体の半数を超えています。
このようにメンタル不調による休職者や退職者の増加などの課題が深刻化する日本の企業において活躍が期待され、その社会的需要が高まり続けているのが産業医です。
本記事では産業医の働き方の一つである「嘱託産業医」に注目して、仕事内容や求められる要件、報酬相場や活躍する場所に関する情報をまとめてご紹介します。
「嘱託産業医」とは?
産業医になる医師は年々増えている
企業などの事業者は事業場の規模に応じて産業医を選任することが義務付けられており、産業医に労働者の心身の健康管理等を行わせなくてはなりません。
産業医とは、事業場における労働者の健康管理等について専門的な立場から指導・助言を行う医師のことです。
産業医の資格を取得する医師数は年度ごとに増加しており、日本では非常勤で産業医業務に従事する「嘱託産業医」が大半を占めています。
専属産業医と嘱託産業医の大きな違いは「働き方」
医療機関や行政機関、介護施設、企業などから委嘱を受けて、定められた一定期間 診察や治療をする医師のことを「嘱託医」といいます。
常勤医とは異なる労働契約に基づいて勤務することが特徴で、例えば定年退職した後医師がその後も期間を決めて再雇用された医師は「嘱託医」に該当します。
産業医においても、週3~4日程度1つの事業場に常駐して産業医業務に従事する「専属産業医」と、月1回など決められた日時のみで事業場を訪問して働く「嘱託産業医」という2つの働き方があります。
分かりやすく言い換えると、臨床医でいうところの常勤医師が「専属産業医」、非常勤医師が「嘱託産業医」となります。
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「嘱託産業医」の仕事内容
続いて、嘱託産業医が担う仕事の内容を確認してみましょう。
なお仕事の内容については「専属産業医」「嘱託産業医」という勤務形態の違いによる差異はなく、すべての産業医に共通して求められるものとなっています。
厚生労働省「産業医の職務」で挙げられている産業医の主な職務は、以下の5つです。
産業医の職務①総括管理
健康管理、作業管理、作業環境管理、労働衛生教育が、事業場で適切に展開されるために必要な労働衛生管理体制の構築、労働衛生関係諸規程の整備、年間計画の策定など、労働衛生管理の基盤整備に関わる職務。
産業医の職務②健康管理
健康管理は、健康診断、面接指導、健康測定等により労働者の健康状態を把握し、作業環境や作業との関連を検討することにより、職場要因による健康影響を最小限にとどめ、職業性疾病の未然 防止を図るとともに作業関連疾患の発病や増悪を防止し、さらには生活習慣病の予防と管理を目指すこと。
産業医の職務③作業管理
作業管理については、高気圧作業をはじめ、VDT作業、振動工具取扱い作業、重量物取扱い作業など、一連続作業時間や一日作業時間、作業姿勢、作業方法などについて対策を講じること。
産業医の職務④作業環境管理
作業環境管理は、職場環境に存在する有害要因に起因する健康障害リスクを評価し、リスクの排除または適切な制御を行うことによって、労働者の健康を保持するための活動。
産業医の職務⑤労働衛生教育
労働安全衛生を効果的に推進するためには、安全衛生教育を体系的にかつ組織的に進めていく必要がある。法定および法定外も含め、企業規模、業種、労働者の年齢構成などあらゆる視点から計画的に実施すること。
出典:厚生労働省「産業医の職務」より一部抜粋
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嘱託産業医になるために必要な資格とスキル
では、嘱託産業医になるためにはどのような資格やスキルを備える必要があるのでしょうか。
1:医師であること+特定の要件を備えることで嘱託産業医になれる
産業医は医療の専門家として労働者の状態を正しく評価し、心身の健康を維持できるように配慮や助言をすることが求められる存在です。
そのため医学的な知見を有し、医師免許を取得した「医師であること」が前提となります。
加えて、法令に基づき医師会主催の講習会を受講するなどの一定の要件を備えていることが求められます。
医師免許を取得したのち、以下のいずれかの要件を満たすことで嘱託産業医として働くことが可能となります。
・日本医師会の産業医学基礎研修を修了している:日本医師会認定産業医(5年毎更新)
・産業医科大学の産業医学基本講座を修了している
・産業医科大学で該当課程を修了、卒業し、大学が行う実習を履修している
・労働衛生コンサルタント(保健衛生区分)に合格している
・大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者である
2:幅広い医療知識とコミュニケーション能力が必要
事業場で働く方々のさまざまな悩みや問題を解決に導いていくためには、内科系の基礎知識をはじめとした医療に関する知見を幅広く有していることが求められます。
また昨今では労働者の身体の健康だけでなく、メンタルヘルス不調予防や精神的なサポートを行うことも、産業医に期待される大きな役割となっています。
加えて 月1回と少ない訪問のなかでも労働者の異変や違和感を察知できるよう、普段から円滑な人間関係を築いておくことも重要です。
このようなことから産業医に求められる能力の一つとして、コミュニケーションスキルも挙げられるでしょう。
3:スケジュールやタスクのマネジメント能力も必要になる
上述の通り、全ての産業医が担う業務の内容は勤務形態に関わらず共通のものとなります。
しかし、嘱託産業医は医療機関などで普段は臨床医として勤務しているケースが大半であり、事業場に常駐していません。
月に1回、数時間程度などの限られた時間の中で、巡視や面談、ストレスチェック、健康指導などのあらゆる業務を行う必要があるのです。
このような状況下であっても嘱託産業医が円滑に業務を実施するためには、実施すべき事項の優先順位付けなどを行ったうえでしっかりと進行していくためのマネジメント力も求められるでしょう。
嘱託産業医が勤務する場所と報酬の相場
最後に、嘱託産業医となったらどのような場所で働くことができるのか、どのくらいの報酬を受け取ることができるのかという相場をご紹介します。
「嘱託産業医」が勤務するのは、従業員1,000人以下の事業場
労働安全衛生法により、50人以上の従業員がいる事業場は産業医を選任する義務があります。
なお、事業場が選任すべき産業医の数は、以下の2点によって決まります。
・契約社員や派遣社員、パート・アルバイトも含む事業場で常時働いている人数
・労働安全衛生規則のなかで定義されている有害業務の有無
◆専属産業医と嘱託産業医の選任義務基準
【対象従業員数】 | 【有害業務なしの事業場】 | 【有害業務ありの事業場】 |
---|---|---|
~49人 | 選任義務なし | 選任義務なし |
50~499人 | 嘱託産業医:1人 | 嘱託産業医:1人 |
500~999人 | 嘱託産業医:1人 | 専属産業医:1人 |
1,000~3,000人 | 専属産業医:1人 | 専属産業医:1人 |
3001人~ | 専属産業医:2人 | 専属産業医:2人 |
上記のように 常時働いている人が1,000人以上の事業場では専属産業医が、50~999人の事業場では嘱託産業医が、働く人の心身の健康や職場の安全を守っているのです。
月1回勤務の嘱託産業医の時給相場は2~3万円程度
毎月1回事業場を訪問して勤務する嘱託産業医に提示される給与の相場は、時給2~3万円程度です(株式会社エムステージ調べ)。
なお、事業場の状況によって契約時間などが変わります。
求人票で勤務する時間や対応する内容などの雇用条件を詳しく確認するようにしましょう。
ここまで、嘱託産業医という働き方や求められる要件・スキル、そして活躍している場所や給与相場などをご紹介してきました。
少し昔のデータとはなりますが、産業医の選任義務がある事業所は全国で164,345か所にも上っているというデータがあります。
参照)2010年労働安全衛生基本調査、2014年経済センサスによる厚生労働省データ
このことからも、日本における産業医のニーズは非常に高いものといえるでしょう。
「産業医に関心があるけれど、実務は未経験でハードルが高い…。」
「臨床医を継続しながらも、もっと視野を広げたい。」
このようにお考えの先生は、嘱託産業医として新たなキャリアを築いてみませんか?
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