2024年度の診療報酬改定では、医療従事者の賃上げ対応が大きなテーマとなりました。
なかでも多くの医療従事者や医療経営者からの注目を集めた「ベースアップ評価料」とは、病院や診療所、歯科診療所、訪問看護ステーションで働く看護職員や病院薬剤師、その他の医療関係職種の方の賃上げの原資となるものとして新設された評価です。
一方で、この「ベースアップ評価料」による賃上げの対象職種に医師は含まれておらず、初診料および再診料・入院基本料の引き上げ分で各医療機関が対応を検討することになっています。
本記事では、今回の診療報酬改定における医療従事者の賃上げ対応の背景や要点を、医療経営支援業務に携わる株式会社Rakusaiの濵岡さんがわかりやすく解説します。
濵岡 勇介(はまおか ゆうすけ)
株式会社Rakusai
大学卒業後、大手都市銀行での法人貸付審査や中小企業再生支援に従事。
医師人材紹介会社に転職し、事務職紹介や医師採用コンサルティングを経験。病床転換コンサルティング事業の新規サービス立ち上げを経験。
その後医療経営の実情を知るため、病院の事務長に転職。事務長勤務、在宅医療事務管理職、クリニック立ち上げを経たのち、2023年エムステージグループに参画。
現在は株式会社Rakusaiに在籍し、医療機関の経営支援事業に従事している。
▼「医師の賃上げ」実態の調査結果はこちら
目次
2024年度診療報酬改定における「賃上げ」の動きとは?
Q:今回の改訂における、賃上げ対応の概要を教えてください。
今回診療報酬の改定の中でも、賃上げ対応は非常に大きなテーマとなっています。
過去にも、今回の改定ほど春闘の動き等に言及した診療報酬改定はありませんでした。
ご存知の通り、日本では将来的にさらに医療の需要が増えていくと予測されていますが、一方で医療に従事する労働力は減少傾向にあります。
加えて、医療業界の賃金の改定率は、他の産業に比べて非常に低いというデータが統計でも出ています。
厚生労働省「令和5年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」で産業別の1人平均賃金の改定率を確認してみると、全産業の平均が3.2%であるのに対して、医療・福祉は1.7%と全産業でも最も低い改定率となっているのです。
このような状況から、「このままでは、今後医療を職として選ぶ人がますます減ってしまう」という厚生労働省の懸念が高まっていることが、今回の賃上げ対応という動きの背景にあると考えられます。
そして今回は医師や医療職の賃上げを行うための原資として診療報酬を改定することが大々的に謳われ、以下の2つの仕組みで賃上げを行うことが決まりました。
・ベースアップ評価料(+0.61%の改定)による、看護師や薬剤師等の賃上げ
・初・再診料、入院基本料の引き上げ(+0.28%程度の改定)による、40歳未満の勤務医等の賃上げ
出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合)~」
また、今後は2025年度(令和6年度)にプラス2.5%、2026年度(令和7年度)にプラス2.0%のベースアップを実現するために、
① 医療機関等の過去の実績
② 今般の報酬改定による上乗せの活用
③ 賃上げ促進税制の活用
の3つを組み合わせることにより、達成を目指していくという展望も示しています。
出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合)~」
看護師や薬剤師等の賃上げに資する「ベースアップ評価料」とは?
Q:まず、今改定で新設された「ベースアップ評価料」について、教えて頂けますか?
今回の診療報酬改定は、全体で0.88%のプラスとなっています。
このうち0.61%は、病院や診療所、歯科診療所、訪問看護ステーションで働く看護職員や病院薬剤師、その他の医療関係職種の方の賃上げの原資となるものです。
この0.61%のプラスを生み出すために、今回の診療報酬改定では「ベースアップ評価料」という評価が新設されました。
このベースアップ評価料による賃上げの対象職種は、以下の通りです。
【対象職種】
薬剤師、保健師、助産師、看護師、准看護師、看護補助者、理学療法士、作業療法士、視能訓練士、言語聴覚士、義肢装具士、歯科衛生士、歯科技工士、歯科業務補助者、診療放射線技師、診療エックス線技師、臨床検査技師、衛生検査技師、臨床工学技士、管理栄養士、栄養士、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士、保育士、救急救命士、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゆう師、柔道整復師、公認心理師、診療情報管理士、医師事務作業補助者、その他医療に従事する職員(医師及び歯科医師を除く。)
出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合)~」
Q:このベースアップ評価料は、必ず医療職の方の賃上げのために使われるものなのですか?
医療機関がベースアップ評価料を算定する場合には、施設基準の届出書と併せて、賃金引き上げに係る計画書及び報告書を地方厚生(支)局に提出することが求められます。
つまり、ベースアップ評価料によって医療機関が得た収入は、確実に医療スタッフの賃上げに使われるというルールが設けられているのです。
参照:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合)~」
40歳未満の勤務医の賃上げに資する「初・再診料や入院基本料の引き上げ」とは?
Q:続いて、40歳未満の勤務医の賃上げに使われる「初・再診料や入院基本料の引き上げ」について教えてください。
先ほどご説明したベースアップ評価料を原資とした賃上げの対象職種に、医師は含まれていません。
厚労省では、2024年4月から「医師の働き方改革」がはじまり、医師から看護師へのタスクシフトが行われることによって、人件費配分が変化することが想定されることから、初・再診料や入院基本料を引き上げ、医療機関のマネジメントで対応すべきという結論になりました。
その結果、今回の診療報酬改定では、初診料や再診料、入院基本料が0.28%程度引き上げられました。
医師の賃上げに関しては、これらの引き上げで医療機関が得る診療報酬を原資として、医師の賃上げを実施するというルールになっています。
なお、この初診料や再診料、入院基本料の引き上げによる賃上げ対象については、以下のように示されています。
【対象職種(想定)】
40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者 等
出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合)~」
ただ、医療機関に入ってくる診療報酬が上がったとしても、現在は医療材料や水道光熱費などの人件費以外のコストが増加しているという状況です。
そのため、賃上げの原資を確実に確保することは難しい部分があるかもしれません。
Q:当事者である先生方は、初・再診料、入院基本料の引き上げによる賃上げ対応をどのように評価なさっているのでしょうか?
今回の調査においては、全体の約3割にのぼる先生方が、初診料や再診料、入院基本料の引き上げによる賃上げ対応を「評価できない」と答えています(「あまり評価できない」「全く評価できない」を合算)。
Q:40歳未満の勤務医や事務職員等の賃上げを実施するために、初診料・再診料が引き上げられることについて、どのように評価しますか?
・雀の涙。(30代前半/小児科/勤務医/国公立病院)
・物価上昇に見合っていない。(30代後半/一般内科/開業医)
・賃上げを誘導するのであれば、それなりのプラス改定を前提にすべき。(40代後半/泌尿器科/勤務医/民間病院)
・処方箋料を減らした実質マイナス改定であり、かつ、収益の中心を担う40代以降を除外する意味が理解できない。(30代後半/総合診療科/勤務医/民間病院)
・診療報酬本体をかなり下げておきながら、初診料・再診料をわずかに上げて、見かけだけ「医療機関の報酬を上げました」とパフォーマンスされても、何も嬉しくない。(40代前半/眼科/勤務医/民間病院)
・賃上げに行く前に、どこかで吸収されるのがオチだと思います。(40代前半/一般内科/勤務医/診療所・クリニック)
Q:先生方からのコメントにもあるように、初診料や再診料、入院基本料の引き上げ分の報酬は、医師の賃上げに必ず使われるわけではないのですか?
そうですね。初診料や再診料、入院基本料の引き上げ医療機関に入ってくる報酬に関して、その用途を限定するルールは設けられていません。
そのため、確実に医師の賃上げに使われるとは言い切れず、判断は各医療機関に委ねられている状況です。
しかし初診料や再診料、入院基本料が0.28%分引き上げられたとしても、現在は多くの資材価格等の物価が高騰し始めています。
つまり医療機関が得る収入が、そのまま0.28%プラスになるわけではありません。
加えて、厚生労働省には膨れ上がり続ける国民医療費をなんとか抑制したいという狙いがあります。
そのため今回の診療報酬改定は、医療機関の収入に関する評価を細分化しながら、削れるとこは削っているという印象が強くあります。
そのため、実際に初診料や再診料、入院基本料の引き上げ分で先生方の賃上げを行うことができる医療機関が果たしてどのくらいあるのか、疑問ではありますね。
本当に実行される?医師の「賃上げ」への期待度
Q:当事者となる医師でも、賃上げの実行性に疑問を感じている方が多いのでしょうか?
そのような考え方をされている先生は、一定数いらっしゃると思います。
実際に今回の調査でも、ご自身の勤務先で今回政府が誘導している賃上げが「実行される」と回答した医師は、わずか15%でした。
一方で49%にのぼる医師は、ご自身の勤務先では賃上げは「実行されないと思う」と回答しています。
Q:ご自身の医療機関またはご勤務先における、40歳未満の勤務医等の医療従事者の賃上げは実行・実現されると思いますか?
・物価上昇により、診療機関の収支が悪化しているため。(30代前半/産業医)
・現実的にはマイナス改定で、賃上げどころではない。(60代前半/整形外科/開業医)
・経営的に実現可能と思えない。(30代前半/精神科/勤務医/私立の大学病院)
・病院の赤字補填や人以外の投資に回る可能性が高い。(40代前半/リウマチ科/勤務医/民間病院)
・経営者の判断次第で、いくらでも恣意的にできるから。(50代前半/皮膚科/勤務医/民間病院)
Q:得られた診療報酬の使い方にルールがない点も、医師の賃上げへの期待が薄れている一因でしょうか?
そうですね。
繰り返しとなりますが、初・再診料や入院基本料の引き上げ分による収入を医療機関が勤務医の賃上げに充てるかどうかは、各医療機関に委ねられている状況です。
そのため、ご自身の勤務先で賃上げが実行されるか否かについては、個別にご勤務先の事務長等へ確認する必要があるでしょう。
ベースアップ評価料の動きがある「6月」が一つの転機になる
ご勤務先への確認を行う時期としては、ベースアップ評価料による看護師等の賃上げを行う「6月」は、大きなポイントになると思います。
今年6月1日には、多くの医療機関がベースアップ評価料の施設基準上の届出を行うことになります。
そのことをきっかけとして、まずは40歳未満の若手の先生方が口火を切る形で、
・6月1日からベースアップ評価料を算定する予定なのか
・医師の賃上げについてはどのような方針なのか
等、ご勤務先の方針をお尋ねいただく流れがスムーズなのではないでしょうか。
その結果として若手の先生方の賃上げが実現したのちに、40歳以上の先生方も声を挙げるという形が良いかもしれませんね。
なぜ「40歳未満」?2024年度診療報酬改定で賃上げ対象となる勤務医の年齢制限
Q:なお、今回の改定による賃上げの対象が「40歳未満」の勤務医とされているのは、なぜなのでしょうか?
おそらくは2024年4月から始まる「医師働き方改革」による若手勤務医の年収へのネガティブな影響を抑えたいという狙いが背景にあるのではと推察します。
とくに大学病院で働く若手医師は、常勤先からの給与水準が低い傾向があり、アルバイトをして収入を補填しているケースが大半です。
しかし「医師の働き方改革」で適用が始まる医師の時間外労働の上限規制によって、今後はアルバイトできる時間が制限されてしまうことから、収入減を懸念する医師は多くいます。
このような状況下で、今回の「40歳未満」という年齢制限が設けられたことには、やはり若手医師の収入減を補填する狙いがあるように感じます。
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ただ、40歳以上であっても現場で懸命に診療にあたり、疲弊されている先生方も多くいらっしゃるのも事実です。
このようなことも踏まえると、「賃上げを対象とする勤務医を年齢で区分するのは妥当とはいえない」というご意見が多く挙がっていることには納得します。
48.1%の医師は、40歳未満という基準を「妥当でない」と考えている
今回のアンケート調査でも、賃上げの対象を40歳未満の勤務医と年齢基準によって区切ることを「妥当である」とした医師は約3割であるのに対して、「妥当でない」と回答した先生方は半数近くを占めています。
Q:賃上げの対象として「40歳未満の勤務医」という年齢が基準となっていることについて、どのように評価しますか?
・皆、平等に忙しい。(50代前半/精神科/勤務医/診療所・クリニック)
・年齢で能力は測れない。(50代前半/耳鼻いんこう科/勤務医/民間病院)
・40歳を境に賃金が上がるわけではないのに、なぜ40歳で分けたのか理解に苦しむ。(40代前半/リウマチ科/勤務医/民間病院)
・医師は、他の業種ほど年功序列ではない報酬体系であるため。(50代後半/精神科/勤務医/診療所・クリニック)
・多浪や転職の経歴がある人もいると思うので、医師免許取得後の年数を基準にする方が妥当だと思います。(40代前半/産婦人科/勤務医/診療所・クリニック)
・40歳以上は賃上げ不要、とでも言うつもりか?(40代後半/泌尿器科/勤務医/民間病院)
勤務先頼みにならず、年収アップを実現したい先生はチェック!
賃上げの余力なし?2024年度診療報酬改定で、経営が苦しくなる医療機関とは
先生方の中には「改定による経営悪化で、医療機関は医師の賃上げどころではないのでは?」という見方も広がっているように感じます。
Q:濵岡さんのご印象として、今回の改訂はプラス/マイナスのどちらの印象が強いですか?
先生方のご指摘の通り、今回の診療報酬改定は実質的にはマイナス改定です。
広範囲にわたってルール変更や細分化がされたことで、幅広い分野における診療報酬点数が削られています。
先生方へのアンケート結果でも、今回の診療報酬改定は勤務先の経営状況に「マイナスの影響がある」との回答が47.1%と全体の半数近くを占めています(「マイナスの影響が大きい」「どちらかというとマイナスの影響がある」を合算)。
Q:今回の改訂で、ご勤務先の経営にはどのような影響があると思いますか?
※「分からない」(回答数:135)を除いた結果
▼マイナスの影響があると回答した医師のコメント
・外来があるため。(40代前半/一般内科(訪問診療)/勤務医/診療所・クリニック)
・生活習慣病管理料の算定が全員にできなくなる可能性があり、算定できない分がマイナスになると推測される。(40代前半/リウマチ科/勤務医/民間病院)
・生活習慣の管理と、再診患者が減ると思うから。(70代以上/一般内科/勤務医/診療所・クリニック)
・プラスの要因はなし。(60代前半/眼科/開業医)
Q:とくにネガティブな影響を受けやすいのは、どのような医療機関なのでしょうか?
生活習慣病関連の外来患者が多いクリニック
今回の改訂は、とくに生活習慣病管理(糖尿病、高血圧)の領域で経営やご勤務をされている外来クリニックの先生にとって厳しい内容となりました。
具体的には、「特定疾患療養管理料」の対象疾患から糖尿病と高血圧が削除されたことや、検査や注射が含まれる「生活習慣病管理料(Ⅰ)」を算定するために療養計画書の作成を求められるようになるといった変更点があります。
あわせて、処方箋料の点数も引き下げられている(68点から60点に変更)ことも、多くの先生が懸念しておられるポイントでしょう。
内科の外来クリニックでは、地域の高齢患者が中心となっていることも多いですよね。
ご高齢になると高血圧の方や糖尿病の患者も多いはずなので、上記の変更が外来患者の多いクリニック経営に及ぼす影響は、決して小さいものではないでしょう。
▼詳しい内容はこちら
「急性期一般1」を算定している急性期病院
入院医療に関しては、看護必要度等の見直しが入った「急性期一般1」を算定している医療機関では経営が苦しくなる可能性があります。
該当する病院では、このまま「急性期一般1」を算定する病院として生き残っていくための方法を検討する、もしくは「急性期一般2」や地域包括医療病棟への転換を検討するのかという二択が迫られている状況といえます。
すでに厚生労働省から具体的な診療報酬点数は示されていますので、早い医療機関ではシミュレーションを開始しているところもあります。
今回の診療報酬改定が施行される6月までにデータを収集した上で、方針を決めていくことになるでしょう。
また、回復期リハビリテーション病院に関する評価も厳しい内容となっているため、収益面に大きく影響が出てくると推察します。
さらに療養病院についても入院料に関するルールが複雑化していることから、収益シミュレーション等を早期に進め対策していく必要があるでしょう。
今回は、2024年度診療報酬改定の中でも大きなポイントとして注目されている「賃上げ対応」について、株式会社Rakusaiの濵岡さんにお話を伺いました。
あわせて「生活習慣病管理」「入院医療」「医療DX」についての解説記事も公開しておりますので、ぜひご覧ください。
◆調査概要「2024年度診療報酬改定に関するアンケート」
調査日:2024年3月5日~12日
対象:Dr.転職なび・Dr.アルなびに登録する会員医師
調査方法:webアンケート
有効回答数:439